F1~あの先にある栄光~証人#1 | F1~あの先にある栄光~

F1~あの先にある栄光~

F1~あの先にある栄光~は、1994年サンマリノGPで発生した事故の真相を追及するものです。

小説風に書いていきます。更新は2か月1回のペースでやっていきたいと思います。
タイトル写真:BigTallGuy

2011年5月。
私は、ある記事が目にとまった。

それは、当時、アイルトン・セナが所属していたF1チームのデザイナーが、あのアクシデントについてコメントした記事だった。

そう、皆が知っている現在もトップチームで活躍しているあのデザイナーだ。


海外の雑誌か何かのインタビューが記事になっていたのかもしれない。その記事には次のように書かれていた。


(記事抜粋)

「実際のところ、何が起きたのかは誰にもわからない。ステアリングコラムが故障したのは間違いない。しかし、問題はそれが事故で故障したのか、故障が事故の原因になったのかということだ。疲労亀裂が見られたので、どこかの段階で壊れたのかもしれない」


「デザインが非常に不十分だったことは間違いない。だが、あらゆる証拠が示しているのは、コースオフした原因はステアリングコラムの故障ではなかったということだ」


「おそらく右リヤタイヤがコース上のデブリを踏んでパンクし、それによってマシンのリヤがステップアウトしたという結論に達した。


「最も可能性の高い原因をひとつ挙げろと言われたら、それを挙げるだろう」


非常に戸惑う内容だった。


たしかに、当時、アイルトン・セナのマシンに発生していたトラブルは、誰にもわからない。

しかし、右リヤタイヤのパンクはありえないだろう。


なぜなら、イモラサーキットは反時計回りで周回するサーキットだ。


右リヤタイヤは、必然的に負担がかかる。それだけに、右リヤタイヤの状況は、ラップタイムにも影響を与えるはずだ。


あの日、セーフティーカーがピットに入り、F1レースが再開された後、2番手にミハエル・シューマッハ、そして、3番手のゲルハルト・ベルガーがアイルトン・セナのマシンを追っていた。


アイルトン・セナのF1マシンにアクシデントが発生する7周目、ミハエル・シューマッハはアイルトン・セナの直後にいたが、3番手のゲルハルト・ベルガーにおいては、早くも、ギャップが生まれていた。


もし、アイルトン・セナに異常が発生している状況であったならば、3番手を走っていたゲルハルト・ベルガーのマシンは、もっと、この2台に接近していたはずだし、ミハエル・シューマッハにおいては、アイルトン・セナのスリップストリームに入れていたはずだ。


しかし、当時の映像を見ても、そのようにはなっていない。むしろ、アイルトン・セナのマシンが後ろのミハエル・シューマッハに対してもリードをひろげていくような勢いがあった。


(ミハエル・シューマッハは、セナのマシンに追いつくために、最終コーナーでは縁石に乗り上げ、マシンを若干スライドさせていた)


それでも、右リヤタイヤのパンクを疑うのであれば、最終コーナーを立ち上がるまでは、何の問題もなかった右リヤタイヤが、タンブレロコーナーの入口においては、グリップを失うほど、プレッシャーが低下していたことになる。


最終コーナーからタンブレロコーナーまでは、ほぼ直線だが、タンブレロコーナーに差し掛かる前に緩いコーナーがある。


もちろん、全開で抜けるため、コーナーとしての認識を持っている人は少ないと思うが、右リヤタイヤに異常が発生していたら、この時点でアイルトン・セナは気付くのではないだろうか?


並のドライバーではないのだから・・・。