F1~あの先にある栄光~ 音速の達人たち#3
最後に会ったのが、1994年のF1パシフィックGPの時だったという。
そして、それが最後になるとは、考えもしていなかっただろう。
彼は、パドックでアイルトン・セナからいろいろお土産をもらったのだというと、部屋の奥から、次から次へとその“もらったもの”を持って見せてくれた。
一番の大物は、使用済みのタイヤだった。何の因縁か、それは、“左リヤタイヤ”だった。
“そんなものは、いらいないよ!”という彼に対して、アイルトン・セナは無理矢理、車に押し込んできたという。
確かに、F1に興味がないものにとっては、部屋に持ち帰っても、大きくて邪魔なものにしかならないだろう。
それらを見ている内に、私は近くにアイルトン・セナがいるような錯覚を覚えていた。
そして、いつの間にか、涙が出てきていた。
私は、見たかった。アイルトン・セナとミハエル・シューマッハの戦いの続きを・・・。あの戦いの先にあるものが、一体、どのような結末につながっていくのかを見たかった。
F1パシフィックGPのあと、アイルトン・セナは「一年分のハードラックは出し尽くした。」と言っていた。そして、「イモラは、僕たちにとって、相性の良いサーキットだ。」とも言っていた。
なぜ、あの事故はおきてしまったのか。なぜ、それがアイルトン・セナでなければいけなかったのか。
私の頭の中で、「何故」という言葉が繰り返されていた。
その時、私は気が付いた。あの事故を受け入れていたつもりが、私自身、あの時のまま時間がとまっていたことに。
そんな私に、彼は、そっと一枚のCDを差し出してくれた。
こういったものは、好きな人が持つのが一番いいだろうと。
その中に入っていたものは、いまでは懐かしい、マニュアルミッションのマシンを操るアイルトン・セナのオンボード映像だった。
フォーメンションラップからプロストとの接触、そしてチェッカーを受けるまでが、ノーカットで録画されていた。
かなり前に、アイルトン・セナからもらったものだという。
最後に彼は、あのアクシデントの原因は、“左リアのスローパンクチャー”だったといった。