ザウバーと可夢偉(3) | F1~あの先にある栄光~

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F1~あの先にある栄光~は、1994年サンマリノGPで発生した事故の真相を追及するものです。

小説風に書いていきます。更新は2か月1回のペースでやっていきたいと思います。
タイトル写真:BigTallGuy

・・・・続きです・・・・

では、バーレーンではどうだったであろうか。

初日のフリー走行で、ロズベルクとのギャップを考慮して戦略を変えてしまったのではないだろうか?

つまり、前戦の時に彼らが感じてしまった、「我々の本来ある持ち味は、後方から追い上げて、ポイントを獲得することである。何故なら、タイヤに優しいマシンだから、その戦略の方が良いのだ」と・・・・。

そして、初日のフリー走行で、意外と早く劣化してしまうタイヤの事も考えて、タイヤをいたわりながら、決勝前までを戦っていたのではないだろうか。

果たして、彼らはバーレーンで何かの収穫を得られたのだろうか?疑問が残る。

予選では、トップとのギャップは少なくなっていた。もし、初日からそのタイムを出していたら、どうなっていたのだろうか。

現状では、それは無理なことであると思うが、マシンに差がないこの時であるならば、「自分たちも、あそこに行けるはず。」と、何故、信じられなかったのだろうか。

結局、マシンを成長させたり、チームが戦闘力をつけていくには、1番をとりにいき、そして失敗をする、この繰り返しでしか方法はない。

バーレーンでのライコネンの戦い方は見事だった。彼は、理解していたのだと思う。それは、自分たちのチームが、まだ、トップチームと同じような、マシンセットアップに関するテクニカルが不足していることを。

だから、各セッションのほとんどを、決勝のために使ったのではないだろうか。そうすることで、足りない時間の埋め合わせをしたのだ。

もちろん、それは、優勝するためである。第2戦でのマシンパフォーマンスを信じていたのだ。彼は、第2戦でファステストラップを記録している。

バーレーンで、彼らは確実に進歩したはずである。このような戦い方は、レッドブルも同じである。

彼らに共通しているのは、優勝を目指した戦い方をしていることである。

「後方から追い上げて・・・」と「優勝を目指して・・・」では、大きな差が生まれてしまう。

以前、マクラーレンが後方に沈んでいたシーズンがあったが、シーズンの終盤には、優勝争いができるほどにマシンを成長させていた。

優勝を目指すからこそ、見えてくるものがある。

つまり、気持ちの問題なのだ。みんなが通常シーズンになれてしまっているのだ。

今週末から始まるバルセロナでは、これまでの戦果をもとに、ライバルたちはマシンのアップデートをしてくる。

残念だが、この間に、マシンの差は大きくなったはずである。

だが、シーズンは始まったばかり。

可夢偉君とザウバーが、各ラウンドごとに確実な成長をして、このF1シーンに残ってくれることを祈っている。
 




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