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今年のSUZUKA新兵器

これ、結構気になってます。
F1 2010 iPad アプリケーション

いやあ、すんごい時代になったものです。

聞くところによると今年はカンガルーTVはSUZUKAにはやってこない模様。

するとますますこいつの出番かと。。。
$F1 Express



























なつかしい本 「レーシングカー その設計の秘訣」

中学生だった私が心ときめかせて読んだ本だった。
中空/薄肉/大口径
現代のカーボンコンポジット素材が一般的になる以前の、中空パイプを使ったフレーム作りに関する著者のポリシーである。
人間工学についても述べており、構造が全く変ってしまった現在のレーシングカーに対しても考慮すべき根本は変っていない。
単純に、読んでみて「これんら自分でも作れるかも!」とワクワクできるのだ。

レーシングカー|その設計の秘訣

モンテゼモロ会長について


モンテゼモロ会長、いろんなカタカナで呼ばれてますのでまとめておきましょう。
ググる時にも違うカタカナで検索すると全然結果が出て来なかったりします。

ルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ
本名(フルネーム)ルカ・コルデーロ・ランツァ・マルケーゼ・ディ・モンテゼーモロ(Luca Cordero Lanza marchese di Montezemolo、1947年8月31日 - )は、イタリアの実業家。現在はイタリアの自動車メーカーフィアットの会長を務める。また名前のMontezemoloは日本のマスメディアではモンテゼモロ、モンテゼモーロ、モンテーゼモロとも表記される。

生い立ち
ボローニャ近郊の侯爵家の娘の息子として生まれる。当時母親は未婚であり私生児である。その為もあり、その後上司となるフィアットのジャンニ・アニェッリ会長の「息子」との噂が立つこととなる。ローマ・ラ・サピエンツァ大学在学中にラリードライバーとして頭角を現すものの、家族の反対もありプロドライバーにはならずに終わった。
フェラーリへ
ローマ大学卒業後に弁護士を目指しアメリカのコロンビア大学に留学した後、1973年にエンツォ・フェラーリの招きで当時成績不振に陥っていたF1のスクーデリア・フェラーリのマネージャーとして加わり、その後1975年にニキ・ラウダがドライバーズチャンピオンを獲得するなど見事にチームを立て直す。1977年まで同職を務めた後、フェラーリの親会社であるフィアットの役員に就任する。
再度フェラーリへ
2003年にコンストラクターズ・チャンピオンになったF2003-GA
1991年にはエンツォ・フェラーリ亡き後のフェラーリに社長兼マネージングディレクターとして再度入社。当時F1チームの慢性的な成績不振を抱えていた上、市販車の品質にも大きな問題を抱えていたフェラーリの建て直しに着手した。
スクーデリア・フェラーリにジャン・トッドをチーム監督に招聘したのを始め、その他の必要な人材を確保。その結果スクーデリア・フェラーリは1999年から2004年まで6年連続してコンストラクターズ・タイトル・チャンピオンに、ミハエル・シューマッハが2000年から2004年の5年連続でドライバーズ・チャンピオンを獲得した。

F1 Express-モンテ