ぴあの♪のつぶやき… -8ページ目

ぴあの♪のつぶやき…

同じ事の繰り返しに思える毎日ですが

同じ日は2度とないわけで…


そんな毎日の出来事や
心の中を
つぶやいてみようかなと始めたブログです


うれしいこと

ムカつくこと

どーでもいいこと

つぶやきます('◇')ゞ

 
なんだか 
娘の話ばかりですが ぴあの♪のつぶやき…そしてぼやき-DIMG0042.gif
 
 
先週の月曜 アレルギー性紫斑病と診断され、運動禁止令が出された娘ですが
 
翌日からまた3日間発熱したため登校せず
脚の紫斑はほとんど目立たなくなりました
 
金曜から登校し
帰宅したらほんの少し 赤いぷつぷつが…
 
あまり気にせず 翌日は朝から夕方まで部活
 
ぷつぷつが少し大きくなって
紫斑っぽくなってきたよ~ぴあの♪のつぶやき…そしてぼやき-20100630132256.gif
 
 
そして日曜日
友達に誘われ ジャンプフェスに出掛け、朝から約半日 
 
帰宅して着替えした娘が
キッチンにいる私にこっそり話しかけてきました
 
『お母さん!大変な事にぴあの♪のつぶやき…そしてぼやき-emojiF_02_024.gif
と、スゥエットの裾をめくると…
 
膝から下全体が 
 
真っ赤…いや 赤紫?になり
しかも腫れてるショック!
 
翌日は 朝一番で病院に予約を入れ、かかりつけの小児科に行きました
 
 
『この病気は、基本的に安静しかないんですよね~。自宅にいて安静にできないなら入院しかないよ』
と医師に言われ、娘は慌てて
『安静にできますあせる』  (笑)
 
2学期も今週末には終業式
『大した勉強もないでしょ?ニコニコ』と言われ 
今度は登校禁止令 出されちゃいました
 
3日たち 真っ赤な脚は 茶色がかったマダラになってきたので
新たな出血は無いという事なのでしょうね
 
 
聞いていた通り
 
ちょっと余計に歩くと
すぐに出血するみたいです
 
不思議な病気ですね ぴあの♪のつぶやき…そしてぼやき-emojiD_06_093.gif
 
1学期の欠席日数が
36日だったか 38日だったか 
ちょっと忘れてしまったけれど



とにかく出席日数より
3日少ないだけだった…


中間・期末試験を受けることができず
授業も半分出ていなければ提出物もまともにできていない

オール1でも不思議はないと覚悟してました


でも オール1は回避できてました(笑)


先生方も成績をつけるのに
大変なご苦労をなさったのでは((>д<))




病院は一学期とともに 一応終了となり
夏休みに突入したのですが


コンクールも近いということで夏休みは毎日のように部活動


不思議なことに
(というより思っていた通り)
娘は発熱することなく


毎日 部活に通い続け



少ない休みの日には友達と遊び

1学期の毎日の熱が嘘のように
元気に活動していました



こんなに調子よく学校にいけるのなら


本当に2学期はすんなりと登校できるかも・・・




そう期待できるくらい




明るく    元気に



でも

お勉強はというと…


宿題だけは なんとかやり終えたものの

1学期の遅れを取り戻そうなんて様子はさらさらなくてダウン


元気になればなったで
また違った心配も出てくるもので、全く親って勝手なものですね


改めて自分の日記などを読み返してみると



5月から病院を受診し始めたけれど


そういえば ゴールデンウィーク前に一度熱を出し


1週間学校を休んでいました




そのまま ゴールデンウィークに突入し


連休明け2週間もしないうちに


受診のきっかけになる発熱が始まったことを思い出しました




1学期中の娘への接し方で


反省することがいろいろあったと思います




もともと すぐに風邪をひいたり 熱を出したりする子でした


小さい頃はしょうがないとしても


ある程度の年齢になれば


自己管理も大切




常日頃 「あなたはすぐ風邪引くんだから、うがい・手洗いは


風邪の季節じゃなくても人一倍やらないとだめだよ!」


と声をかけていても なかなかやってない様子




熱を出すと ついつい


「またぁ?自己管理ができてないなぁ 」(-""-;)


と文句を言ってしまい



特に月曜に具合が悪くなると


「前の日に遊びすぎだよ!!」と怒ったりしていたと思います




そのうち 父親は


「仮病じゃないのか?」


と疑いはじめる始末




仮病も何も実際に熱が出てしまうのだから


それは違うと否定はしたけれど




さすがにあまりに熱が続くと、しかも高熱なのに家では元気な彼女を見てると



私も娘に対して呆れたような


というか


もしかしたら やや冷たい態度をとってしまっていたような気が・・・




毎朝 体温計を見ては ため息をつき


「ゲームとかパソコンなんかしちゃだめだよ!寝てなさい」


と言うだけでガーン





でも 月曜に具合が悪いっていうのは 


すでに学校に行きたくないっていうサインだったと気付けなかった 



時折 娘の口からこぼれる
愚痴のような言葉にも
あの子の、冗談っぽい言い方に、
つい私も軽く対応していたと
今になって反省している私です

色々あって

前回から間があいてしまいましたあせる


個人病院では詳しい検査が出来ないからと
総合病院に転院した娘

担当医師は 明るいハキハキした感じ良い女性だった

診察中もにこやかに話す娘の姿は、病院には似つかわしくない
どこから見ても健康的な中学生


今までの経過を話し、
心の問題の可能性はありませんか?と訊ねると

『とりあえず、身体的な病気が隠れている可能性を一つずつつぶしていきましょう』

と言われ より詳しい血液検査と尿検査が行われた

当日結果が出る検査内容で
貧血が発覚ガーン
鉄剤を処方された

でも、後日わかった検査結果でもやっぱり何も出ない

なのに、38度5分以上の熱が1週間続いたりしている

再度の血液検査・尿検査
それに、検便と言われたが

赤ん坊の頃から便秘体質の娘で
1週間も不思議じゃないという
頑固ちゃん。
よりによって前日出たばかり(失礼ガーン)なのに、検便なんてあせる

すると、医師はにっこり笑って

『浣腸しようか!?

娘・13歳
思春期の乙女に浣腸…

めちゃくちゃ可哀想になったけど、ここは身体のため…

敢えて明るく『大丈夫だよ!女の人は、赤ちゃん産むときに必ず浣腸するんだよニコニコ 何事も経験!!』なんて訳のわからない励まし方をした(笑)

しょうがないと思ったのか、娘も承諾し、待っている間

『ねぇ…どんな感じなの?』と
心配そうに聞く娘に、
お母さんがやったのは…と説明

『とにかく、ガマンだよ~にひひ

終わって戻った娘は

『お母さんが言った通りあせる看護婦さんに、ガマンしてね!って言われたけど、キツいよショック!
赤ちゃん産むときのはもっと大きいやつなんでしょ?よく耐えられたねショック!
とびっくりしてた(笑)


通院4回目
当日の朝の検温では、たしか38度6分位だったと思うけど

診察室で医師が言った

『熱、計ってみてね』

すると、36度5分ガーン

娘と少し話した後、医師は言った
『次回は今日の検査結果だけなのでお母さんだけでけっこうですよニコニコ


夏休み直前のある日
結果を聞きに行くと

『やはり、何も出ないですね…
もう夏休みに入るし、治療するべきものも出てこない。
このまま少し様子をみましょう。熱も、やはり気持ちの問題のようですね…
何かあったらいつでもまた来て下さい。
小児心療内科の先生もいらっしゃるから、ご紹介もできますし』

という事で
一旦 通院は終了になった

私も、夏休み中 部活動に参加しているうちに
もしかしたら2学期からは
全てがいい方向に変わるかも知れない…
と期待して様子を見る事にした
最近、寝てても首や背中、頭が痛くて

朝、起きても疲れが残ってる

いや、むしろ

寝る前より疲れてるかもショック!

だから、いつも眠いような、身体も頭もスッキリしない感じしょぼん


今日の夕食後のリビング

子ども達はさっさと自室に消えちゃってガーン

旦那は夜勤だし

いつもの主がいないコタツと
私だけがリビングに…


コタツが私を呼んでるわ~
(イヤイヤあせる呼ばれてないから)

寝なきゃいいのよシラー
(絶対、寝るでしょ!?)

しばらく葛藤し
(大袈裟!)


寒いし…ねニコニコ

首までコタツに潜り込んで
テレビを見てたら


( ^.^)( -.-)( _ _).oO


1時間半程、何時もの旦那のようになってましたショック!

旦那には、だるくなるから
コタツで寝ちゃだめだよ!
と言ってるのに(笑)


脚はだるい・身体が痛い
おまけにカラカラに渇いちゃった感じですショック!


今夜、眠れなくなりそうあせる

(´・ω・`)

娘の脚にできた
赤いポツポツ…

湿疹かと思いきや


アレルギー性紫斑病


あまり聞かない病名です

私も 数ヶ月前まで
知りませんでしたガーン

たまたま、会社の方のお子さんが
その病気にかかりました


何らかの原因で(原因ははっきりわかっていないらしいです)毛細血管がもろくなり
そこから血液が漏れだし
表皮に紫斑となって表れるらしいあせる

そして、関節の痛みを伴います
これらの症状に対しては
対処療法しかなく

娘も、止血剤と血管を強くする働きがあるからと、ビタミンC、抗アレルギー剤、痛みが酷い時の鎮痛剤が処方されました

運動すると、その刺激で出血するらしく、運動は禁止です


ちなみに
消化管に出血がおきると
腹痛がおきるし

よくある合併症は、腎臓からの出血で
ごくまれに腎不全に陥る患者さんもいるそうで…

会社の方のお子さんは
最初に小児科にかかり
合併症の心配があるからと
尿検査を毎月1度
1年にわたってしなければならないそうです


皮膚科の先生は
症状が変わるようなら(悪く)
小児科で検査を…

とおっしゃいましたが

とりあえずの血液検査や尿検査はしなくていいのか?
と、今 疑問に思っています


ただ、そのお子さんは腹痛もあったそうで
娘の場合は、紫斑と関節痛で
腹痛が無いから大丈夫なのかなガーン


熱の件もあるし、今回もまた
病院のお世話にショック!


明日、もう一度経過を見せてと言われてるので、夕方皮膚科に行きます(´ヘ`;)


数日前から

娘の脚に

小さな赤い湿疹が…


それが増殖をし

太ももから足の甲まで

びっしりと(゚Д゚)


痛痒いらしい


本人は、痒みもつらいけど

制服のスカートから

湿疹が見えるのを気にしてるあせる

今朝も気にしてたから

『あなたの足元にしゃがみ込んで、脚だけじっと見なきゃわからないから、大丈夫だよ(^^)』
と言って安心させてあげました

やっぱり女の子だわ(笑)

で、これから職場から学校に
直行して、皮膚科です

父が新しい点滴チューブを入れた事と栄養剤を追加するという事から



最初の診断では 2~3週間の入院 と言われていたが


おそらく最低でも1ヶ月はかかるのではないだろうか と


母と話している



青森はこれからどんどん寒くなる


母としては、できるなら暖かくなるまで病院にいたほうが


安心だと話していた



病院に通う母は大変だろうが


私もそう思った




私が青森から帰る日 


母が 今日から一人だなぁ と呟いていたことを


先日兄に電話した時に話し


私は電話ぐらいしかできないから


たまには様子みてあげてほしい とお願いをした



そのためかどうかはわからないけど(笑)



土曜日にでも一緒に晩飯食うか?と


電話がきたらしい



普段は必要なこともろくに喋らないような


無口な兄が


そんな事を言ってくるなんて想像もしていなかった母



『やっぱり いざとなれば 親子なんだなぁ』


と喜んでいた



○○(兄)もあんたも いざというときには


ちゃんと動いてくれるし安心した と



めいっぱいの事はしてあげられなくて


申し訳ないと誤ると



その時にできる範囲で できる事をしてくれる


それで充分親孝行なんだよ



と言ってくれた



その言葉をきいて


私は少しほっとした




子が考える親孝行と

親が感じる思う親孝行って


違うのかもしれない

なんか 疲れが抜けないなぁ


寝ることにも
体力って必要だよねショック!

何時間でも寝ていられる
子供達の体力が羨ましい


せめて8時間位寝ても
痛くならない腰が欲しいわぁ


(;-_-)=3


さて 働きますか



父が肺炎と肺気腫で呼吸困難に陥り

入院して 今日で1週間


自宅に戻って以来 

毎日 母と電話で話している


それまでは 月に2~3度

多くても週に1度


それも たいていは母の方からかかってきていた汗



毎日 仕事が終わり帰宅して

食事の支度・後片付け等していると

手があくのはたいてい母が寝てしまった後…


急用でもない限りは

自分から電話することなど滅多になかった


『何かあればかかってくるだろう』

ぐらいの気持ちがあったような気がする



実際 『何か』 がおきてみて

両親の姿を見て


なんて親不孝なことをしてたんだろうと

反省した



母はかなり前から 自律神経の乱れから

軽いうつのような症状やめまい・食欲不振等

さまざまな症状がおこり

数種類の薬を飲みながら

なんとか生活しているような状態だったが


今回のことで 自分がしっかりしなければ

という気持ちになり

毎日 父の病院を見舞っている


普段 一歩も外に出ない日もあったのに

昨日などは

『7000歩も歩いたと』 言っていた


私より歩いてるよ!! と言うと


『そのうち 具合悪いのも すっかり良くなるかも』

と笑っていた 


さて 

父はというと・・・


まだICUに入ったままで 酸素マスクもはずせない

そのため 食事もとれず

このままでは体力が落ちてしまうので

栄養のある点滴を追加することになったそうだ


ただ、腕の血管は連日の点滴で腫れてしまったそうで

股関節の動脈に太い管を入れたらしい


腕に何本かついていた点滴の管も

全てその1本で済むらしく

腕が自由になった分、多少楽かもしれない


私が青森を後にした翌日 父は

『ぴあのはいつかえったんだっけ?』

と訊いていたそうだ


テレビも新聞も見ることがないICUで

曜日も時間の感覚もなくなっているのだ


帰宅してから今日で4日だが

今日も父は

『しかし、よく来てくれたなぁ・・・』

と嬉しそうに話していたと 母が話してくれた


『電話したら その1時間後には新幹線の

切符とったって連絡きたんだよ』


と母が言うと

また嬉しそうに


『よく来てくれたなぁ』


と繰り返していたと


そして『親孝行したね』と言ってくれたが・・・


40数年間も生きていて こんなことしかできていないのに

親孝行なんて言われて



恥かしいよ 凹