認知症の母は、
週6日デイサービスに通っています。
そして毎日夕方の5時頃に
帰ってきます。
そこからが戦場のような
バタバタの時間です。
何度も何度も何百回も
同じことを繰り返し喋り続け、
いーーーーーー😬
ってなるのがこの時期です。
ただ、母が偉いのは
毎回「なんか手伝うことはないか?」
と聞いてくること。
私がご飯やお風呂の準備で
バタバタしているのを見て、
自分も何か手伝いたくなるようです。
記憶は30秒と持たないけど、
察する力は失われていないみたい。
元々、母はよく気がついて、
人の気持ちを思いやれる人です。
認知症になって記憶は無くなっても、
その人本来の性質というのは、
失われないみたいです。
私も余裕がある時は、
「じゃあ、ジャガイモの皮を剥いて」
とか簡単な作業をしてもらいます。
本当は色々やってもらうと
いいのは分かっているけど、
ジャガイモの皮を剥いてもらうために、
どれだけ時間がかかることか。
よく認知症の専門医が書いた本で、
「やれることをやらせてあげよう」
と書いているけど、
じゃあ、アンタも両親二人が
重度の認知症だったら、
それやれるのか?
と言いたくなります。
現場はそんなに悠長に
時間は流れてないから😅
おっと、
心の声が漏れてしまいましたが、
やれることはやらせてあげて、
ゆっくり時間をかけて、
やってもらいたい気持ちはやまやま。
だけどそんな悠長に
ご飯を作っている余裕は、
私にはありません。
だって夕飯が遅くなると、
同じく認知症の父がイライラして、
暴れ出すのが目に見えているから。
だから母には悪いけど、
「大丈夫だから座っといて」
と言ってしまいます。
母に手伝ってもらうより、
自分でやった方が数倍早いから。
それでも記憶が30秒の母は、
負けじと1分に1回のペースで
「なんか手伝うことないか?」
と聞いてきます。
そして私がイーーーー😬
となって、
「黙って座っといて💢」
と声を荒げるパターン。
母には悪いと思うんだけど、
黙ってやらせて欲しい。
それが一番助かるから。
そんな毎日を繰り返し、
認知症の父と母を見ながら、
人間の本質を見るような気がします。
認知症になっても、
というか、
理性が弱くなった認知症だからこそ、
その人の本質が顕になります。
父は自分の事しか考えず、
不機嫌を撒き散らす
クソヤローだし。
母はおしゃべりで世話好き、
人好きなおばあちゃんだし。
理性が飛んで、
その下からその人の
本質がよく見えます。
こんなクソヤローにだけは、
なりたくない。
という反面教師の父。
ボケても人の役に立つ事は、
人間の持つ力なんだな、
と気づかせてくれる母。
そして何かを誰かにやってもらったら、
「ありがとう」と言って、
素直に受け取る力。
これを両親から
教えてもらった気がします。
誰かのためになりたい、
という気持ちも素晴らしいけど
誰かにやらせてあげる
やってもらったら、
素直に受け取る。
歳をとってできないことが増えたら、
卑屈になったり悲観するんじゃなく、
世の中の人にやらせてあげる
機会を作ってあげる役割だと
思ってもいいんじゃないかと思います。
そして人の好意を素直に受け取る。
これはなかなか難しいけど、
今から練習しておこうと、
認知症の両親をみて教わりました。
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