春めいてきましたね!
3月生まれの息子、もうすぐ5歳ということで、なんとなくの思い付きと、その場の勢いで、チャレンジを始めることにしました〜。(紹介制度を使って←姉からの紹介)
じゃんぷタッチという年長さん向けのタブレットのコース。
娘の経験から、もう紙の管理と整頓はムリだと判断。あと、息子の場合、紙のテキストは密着指導でも10分程度が限界。しかも最初の1回だけ。
とりあえず1年間様子見。
タブレットは無料で残るし良いかなぁと。
こちらはまだ届いていませんが、娘は2月から紙ベースからチャレンジタッチに変更して、すでに始めています。
変えて良かった!
これもまたレポします。
チャレンジタッチから娘が出してくれたメール。
*
結構前から下書きに残っていて、どーにもまとまらず、推敲する度に迷走していくネタに見切りをつけて放出します
お暇な方どうぞ。(特に結論や主張もありません)
この前(←結構前になってしまった)、ツイッターで流れてきた「山中もとお」というアカウントのツイ。(公式マークついてるけど、誰かは存じあげません)
小学校→個性は認めない
中学校→個性は認めない
高校→個性は認めない
大学→個性的な人がイケてる
就活→貴方の個性を見せてください
会社員→個性は認めない
独立後→個性のみが評価される
これを見て、めちゃくちゃわかるーー!
大学生とかほんとにそうだった😂
…と思ったけど、リプを見ると反発しかありませんでした。(このツイ主のアンチもあるのか?)
・「個性を認めない教育などしていない」という教員からの反発。
・「社会性や協調性の中にある個性は、どこでも評価される」など。
そう言いたくなる気持ちもよくわかるのだけど、海外の話をうっすら聞いて思うのは、個人主義の海外と比べたら「個性」のレベルが違う。多様性への許容度が全く違う。
なんとなく、日本の個性は○の中におさまる感じ。
○からはみ出すことは許されない。
昨今で例えるなら、もし生徒が「コロナで行事が縮小されるのには反対だ!」「マスク反対」と主張しだしたらどうでしょう?
他にも、「制服反対」「服装の自由を!」とか。
厄介な生徒、なんだったら、ちょっと頭おかしいくらいに扱われてもおかしくないと思います。
おそらく日本では、決められたことに対して異を唱えるのは、「個性」とは認められない。
自分で考えて、自分で行動することなど、学校は望んではいないのです。
主張は、○の中でだけ、かつ、求められたときだけ。
「言われたことをきちんとやる」ことがまず大事。
学校のコロナ対策に、疑問や反発の声をあげた生徒がいたでしょうか?
で、ソニーなんかは、「学歴高くても言われたことしかできない人材が多すぎる」と日本の教育に危機感を持って、幼児教育の方面に進出しています。
「自分で考えて、自分で行動する子」を育てたい。
「AIに負けない子」になって欲しい。
※↑あくまで私の理解であって、詳しくは知らないので各自ご確認を!
昨今、企業の取材記事を読んでいると、必ず登場するのが「ダイバーシティ」。
ご存知ですか?
何回も目にしてようやく私の脳みそにも定着しましたが、最初は聞くたびにダイビングがチラつきました。
多様性。
なんしか企業は、多様性を武器にしていきたいと考えています。
「みんなと同じではない部分」を生かしたいと。
幼児教育の昨今の主流は、厳しい指導や決められたカリキュラムよりも「自由にのびのびと、好きなことを好きなだけやらせる」が主流となっています。
「非認知能力」を育てる教育。
ありのままの自分を認めてもらうことで、自己肯定感を育み、他者も認めることができるようになるそう。
特に公立はその傾向が強く、雨の日でも「ブランコがしたい」と言われたらOKらしい。(お子さんが公立に行ってる人同士が、「あるある」と頷きあっていた)
子どもの習い事の指導を見ていても「まず好きになること、好きなことを楽しむこと」がとても重要視されている印象。その上で「できた!」の喜びを得ていくこと。
「嫌いにさせないこと」が何より大事だそう。
幼少期の「嫌なことをやらされた」という経験は、いつまでも残るし、その子の自己肯定感を下げるという研究もあるって聞いたことがあります。(※たぶん)
ただ、お子さんが公立幼稚園出身の職場の人が言ってたのは、幼稚園で育んだ個性、伸ばしたその子の良いところが、小学校(公立)で全部潰される。とのこと。
娘の入学前にはピンと来なかったんですが、最近その意味がわかってきた感じがします。
娘の担任の先生と懇談したときに、国語のノートがなくなったので、新しいノートを1冊用意して欲しいと言われたんです。
「板書のときに縦10文字で書いているので、10マスノートだと、黒板と全く同じで書きやすいと思います」と。
そのときは、ほーなるほど…と思ったんだけど、後からジワジワと、え、ちょっとやり過ぎじゃない?と。
これこそ「言われたことしかできない」「周りと同じことしかできない」子どもを作り上げているのでは?と思いました。(買ったけど、10マスノート)
職場の人が言っていたのですが、図工の絵とか「みんな同じ」。
確かに、先日の参観のときに1人ずつ「今年の良かったこと発表」をしていったんですが、5パターンくらいしかありませんでした。「それは誰かが言ってたから、別のにしよう」という価値観は全く存在しないようでした。
体育館の作品展で上級生の版画も飾られていて、みんなすごく上手だったけど、確かにみんな同じでした。
最近、著名人が不登校に対して、「行きたくないなら、学校には行かなくていい」的なことを言ったりするのをよく見るんですが、それはすごくわかる。
学校以外の選択肢は必須だと感じます。
それは不登校についてもそうだし、積極的な選択肢として、学校以外の何かがあればなぁとも思います。
…はい、ということで、想像以上にあやふやで散漫な感じになりましたが次は、何のために勉強するのか、これからの子どもに学んで欲しいことについて、考えていきたいと思います。(時期未定)