キャリアを支えるおとなの学び -5ページ目

キャリアを支えるおとなの学び

自分の望む生活を手にできているでしょうか?
望むキャリアを歩めているでしょうか?
目標や夢は実現しているでしょうか?

ビジネス、教育、研究、ソーシャルビジネス、NPOなどの現場で接する様々な学びをお届けします。

人の本心というのは、
言葉そのものよりも、行動そのものに現れやすいものです。


言っていることと、やっていることが異なる場合、
多くの場合、本心はやっていることの方にあるものです。



言葉では、「わかっています」「知っています」「やっています」と言ったとしても、
行動としてやれていないという状態は、
まだまだわかっているとはいえないのではないか、
と思います。



近年の学習研究、教育研究においては、
文脈の中での学び
への問い直し、発見が注目され続けているのですが、
最初は違和感がありました。

なぜそれが最新の研究なのか、と。


実験室や統制された環境の中での学びではなく、
社会の中での学びに。

普遍的な学びではなく、
個人の個別具体的なローカルな知に。


そういったものが教育研究で注目され、
霊的経験やスピリチュアルな学びをどのように扱えるのか、


東洋的な学び、禅的学びをどのように扱えるのか、


身体における学び、身体知をどのように扱えるのか、

といったことまで含まれるようになってきているのは、
「科学」という思考の限界やパラダイムの限界への挑戦でもあるというのが、
だんだんわかってきました。


しかし、
この領域の奥は深いので、
わかってきたといっても、自分なんか0.0001%も理解していないのだよなぁ、
と痛感しています。


それが、
「わかる」
ということの不思議でもあります。


人間とは何か、
社会とは何か、
現代社会の特質とは何か、
資本主義とは何か、
貨幣とは何か、
労働とは何か、
経営とは何か、
歴史とは何か、
宇宙とは何か、
哲学とは、
宗教とは、
国とは、
市民とは、
プロフェッショナリズムとは、
心とは、、、、

結局のところ、
「おとなの学び」ということを突き詰めていくと、
これらのことをさらに深めていかなければならないのだと思います。


悔しいですが、
何にもわかっていないじゃないか、
ということばかり、どんどんわかっていくんですよねぇ。



昨日は、
イギリスの成人教育の領域において、
イギリスの女王から表彰されたという、とても偉大な方のお家に招いて頂きました。

ご本人は2年前に亡くなってしまっているのですが、
奥様や一緒に仕事をしていた方から、
伝説とも言える数々の話をお伺いしました。


知の世界は、かくも深く豊かなものなのか、
と思いました。


冒頭の言葉に戻れば、
自分のやっていること、の中にある本心と向き合わされたとでも、
言うのでしょうか。


悔しいですねぇ。


<まとめ>

■「わかっている」「知っている」という言葉そのものよりも、
行動の方に本心というか本質が現れやすいものである。

■「おとなの学び」という領域を探求していくと、
結局、人間とは何か、大人とは何か、社会とは何か、といった根本概念をどれだけ理解し、
それがどのように行動に反映されているかということに向き合わされる。

■どんな哲学で生きているか、ということでもあるのだろう。
「お前はどう生きるか」ということに向き合わずして、
学びも教育もそこにはない。



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人に何かを教える、人を育てるということの奥深さを、
ここカーディフでは感じております。

それはもう、
言語も文化も異なる人たちへの教育現場を見学させて頂いているので、
刺激に満ちております。


昨日は、
80人近くのシリア難民の方々への教育現場を見ていたのですが、
これはまた、非常にエキサイティングでした。


英語を教えたり、
イギリスで住居を探す方法を教えたり、
社会のルールを教えたり。


彼らの怒りと悲しみと困惑もあるその場において、
何が、学びと教育を機能させるのか。



ごくあたり前のことだったのですが、
相手の言語への理解、が印象的でした。


ボランティアで英語を教える人たちがたくさんいましたし、
それをまとめているディレクターの人のそばに自分はいたのですが、
学びが大きく促進される時というのは、英語を話せる人がアラビア語などを理解しようとしている時でした。


英語を教える、
というよりも、
アラビア語を教えてもらう、
というときの方が、
シリア難民は英語をよく理解しています。


そういうものなんだよなぁ、
とちょっと感動しました。


いくつもの理論とメカニズムから考えても、
これが最適だというのはわかるのですが、
実際の現場をみると、Brilliant!!と言いたくなります。


英語を教える先生側が、教わる側の生徒理解をしようと務めている際に、
両者の間の信頼関係構築が進みます。

教えるー教えられるという、
知識を一方的に伝授するモデルではなく、相互交流が活発になり、
心の壁が取り払われるのは大きいですね。

さらには、
「関係性の質が学びの質に左右する」
と言われる通り、信頼関係構築後のその後の学びが深まります。


加速学習の観点から考えてみても、
アウトプットをする方が、学べる量は多いです。

身につけたければ、
インプットよりもアウトプット過多に振り切っておく方がよいです。

となると、
アラビア語をイギリス人の先生に教えるという際、
彼らは自信を持って、楽しそうに、堂々とアラビア語をしゃべりまくります(笑)
そして、英語では、こういう意味だと、ほんのちょっと付け加えてくれます。


そうやって、
気持ちよくアラビア語をしゃべりながら、
英語もほんのちょっとしゃべりながら、
「英語を学ばないといけない」
「英語が優れた言語だ」
というような、変なパラダイムが意識されなくなった際、
学びの質は深まり、本当に楽しそうにコミュニケーションが現れます。


とてもパワフルな空間でした!!


教える側が、
相手のことをどれだけ理解しようとしているか。

信頼関係の構築はなされているか。

学びに対する固い構えはとれているか。

相手にアウトプットができる構造を用意しているか。

その場に、楽しさはfun!!はあるか。



挙げていけばきりはないのですが、
基本は大事であり、
ここまでパワフルな場にすることができるのかと、
初心にかえったようでもあります。


彼らは、日本語もたくさん知りたがったので、
基本的な、
「ありがとう」
「どういたしまして」
「いいね!」
「酔っぱらい」
「すみません」
なども教えたりしました。

昨夜は、いい夜でした。


<まとめ>

■シリア難民に英語を教えようとする際に、
効果的なのは、やはりシリア難民からアラビア語を教えてもらうということである。

■相手の理解、信頼関係構築といった基本から考えて、
相手の言語や構造に理解を示すのが初歩として大切である。
教え込もうとすると、まず壁が生じてうまくいきにくい。

■人はアウトプットをした時、実践した時に最も学ぶ。
そのため、彼らがアラビア語を教えたり、英語で話したりしてもらったり、
気持ちよく自信を持っていえるアウトプット環境を用意することが大事である。



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僕が好きな言葉は、一期一会なのですが、
人との出会いも、場所との出会いも、物事との出会いも、
今ここ、この瞬間というものだと思っています。

だからこそ、
大事にしたいなぁ、
と思っています。


カーディフのホテルから眺める、
ブリティッシュガーデンも、
とても愛らしいものがあります。

この地を離れた時、
思い出すことはあるのだろうかとふと思ってしまいました。


僕にとってカーディフはもう、
友人たちが住む街になり、
遠い街ではなくなったのですが、
出会いというのは別れも内包しているものです。


今のホテルは明後日には離れて、
別のホテルに移るので、
ホテルの主人との会話もなぜかしみじみしてしまいました。


一期一会。

またこの地を訪れたいと思っていますが、
ホテルの主人もAlan教授も高齢なので、
またお会い出来るかどうかというのはわからないものです。


残り1週間ちょっと、
終わりが見えてくると、なおさら、出会いと別れというものを意識しますね。


日本に戻れば2月も終わりになりますし、
大学生も大学院生も卒業の季節を迎えます。

そう思うと、
卒業する人たちとも、もっと言葉を交わしておきたいなぁ、
なんて思ったりもします。



そんな特別なことではなくても、
今日お会いする人、今日出会う場所、今日出会う何か、
みんな一期一会なんですよね。


<まとめ>

■僕が好きで、大切にしている言葉は、
一期一会である。

■人との出会い、場所との出会い、モノとの出会い、
それはすべて、今ここというものに集約されていく。
出会いは別れを含んでいるものであるが、だからこそその瞬間瞬間を大切にしたい。

■特別な何かではなくても、
今日出会った人や場所やモノとのその瞬間をどれだけ大切に出来るかなのだろう。



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Cardiffに来ていて、
こちらのAlan教授とJulie Price教授の心配りには、
驚かされるばかりです。

僕の要望に対して、150%くらい応えてくださっていて、
いや、そこまでしていただかなくても、
というくらいに情報をくれたり、慣れない地で困らないように手厚くフォローしてくださっております。

議論の時間もたくさんとっていただいたり、
いろんな人を紹介して頂いたり。


ベストを尽くすということは、
こういうことなんだよなぁ、
と感じさせられます。


それは、自分にとってのベストというよりも、
相手にとってのベストは何かを常に考えて、
行動してくださっているかのようです。


お二人とも非常に忙しい方なのですが、
すごく時間を調整してくださっていて、
毎日僕のために時間を割いてくださっています。


そこまでしていただかなくても、
というくらいの精神というのは、
日本のおもてなし以上かもしれません。



相手にとってのベストを考える。
そういうことを積み重ねてきたからこそ、
こういう要職についているのだよなぁ、
とも感じます。


昨日届いた日本からのプレゼントもそうですね。
想像をこえるものでした。


相手の期待値を越えていく。
それがベストというものですね。


自分の限界を規定したり、
言い訳に使うのがベストという言葉ではないのだ、
と感じさせられました。


「やれるだけのことをやったのだから仕方ない」
「ベストは尽くした」

という際に、
それがやりきった満足感でもあり、
相手の満足や納得感になっていればよいのですが、
そうではない自己防衛や言い訳で終わってしまうケースもあるのかなと思います。


ベストを尽くした、
というのが自己満足やMe目線ではなく、
相手にとってのベストとなるように自分のベストを尽くせれば、
理想的ですね。


今回の研究調査において、Alan教授とJulie Price教授にとってのベストというのは、
僕が中途半端に理解したりすることではなく、
しっかり理解して今後の研究成果につなげ、彼らの取り組みが広く知られることだと感じています。


その気持ちに応えること、
それがまた、自分で規定している自己ベストの壁をこえることにもつながります。

頑張ったのだからよい、
ということではなく、
アウトプットという結果にこだわって、残り10日間も、彼らのためにベストを尽くします。


<まとめ>

■ベストを尽くすという時、
それは誰にとってのベストを言っているのか?

■自分がベストを尽くしたのだから仕方がない、
と限界規定や言い訳につかっていないか?

■本来考えたいのは、相手にとってのベストになっているかどうかである。
相手の期待値をこえる結果になっているかどうかである。
プロセスと自分の努力に焦点をあてた自己ベストよりも、
結果と相手の期待値に焦点をあてたベスト視点を大事にしたいものである。




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さてさて、
最近、メールコーチングのグループで、手放すことが話題に上がることが増えてきましたので、
少しフォローしておきます。


おとなの学びにおいても、
実際には、身につける学びよりも、手放す学びの方が課題に上がることは多いものです。

これまでの知識、経験、こだわり、思い込みをいかに手放すことができるか、です。
それは成功体験を手放すことでもありますし、
失敗体験を手放すことでもあります。


これまで育ててきた事業を手放すこともあれば、
自分が子どもに抱いてきた期待を手放すこともあります。


部下に対する期待を手放すこともあれば、
上司に対する期待を手放すこともあります。


禅の思考とも通じる領域でもありますし、
執着しないということとも通じる領域でもあります。


突き進めていくと、夢を手放すことも含みます。


ここまでいくとだいぶ混沌とした領域に踏み込んでいくことになります。


夢を叶えるために、夢を手放した方がよい、
というのは、
なかなか理屈としてはわかりにくく、
混乱するからですね。


夢をあきらめることと、夢を手放すこととは違うのですが、
このニュアンスはまたいずれお届けしたいと思います。


話を戻すと、
手放すことについてです。


これまでの知識、経験、前提、ルールが、
自分の学びと歩みを止めてしまうということがあります。


知識を手放す、経験を手放すという時に、
僕がイメージしているのは、
素っ裸で生きるというようなイメージです。


本を読んだり、ノウハウを得たりして、
武器を手に入れたり、鎧を身につけたりしたくなるのが、
身につける系の学びです。

強そうに見えるのですが、これが過度になると、
身に着けた鎧が重すぎてまったく動けない、、、
という状態になります。


組織も重くなりすぎて動けない、、、
自分も重くなりすぎて動けない、、、
という状態になってしまうと、もったいないですね。


武器も持たずに素っ裸で生きるイメージというと、
本当に大丈夫かと怖くなると思うのですが、
実際には、大丈夫です。


自分の体を鍛えておき、なおかつ、強力な仲間がいれば。


・やらないことを決める
・事業を売却する
・困った人との関係を手放す
・自分のこれまでの仕事を手放す
・結果が出ない方法を手放す

いろんな手放すが、
メールコーチングでも報告されていますが、
ぜひ、引き続き取り組んでみて頂けたらと思います。


子どもの学びが身につける系であれば、
おとなの学びは手放す系である、
ということが、結構あります。


<まとめ>

■おとなの学びにおいては、手放すことが鍵になることを、
改めてチェックしていただきたい。

■何を身につけるかよりも、何を手放すか。
どんどん裸になっていく感覚があるか。

■知識や経験、自分の信念を手放すことには、大きな不安が伴うものだが、
それを乗り越えた先にある地平は広大なものである。



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2月勝負で全力でいこうと気を改めたところ、
昨日、まだまだ自分の認識が甘いと思わされることに直面しました。


それは、
亡命者や難民の方々が置かれている状況です。

昨日はCardiff Metropolitan Universityを訪問しておりました。
Trinity Centreという団体が主催しているワークショップに参加し、
亡命者、難民支援を行なうボランティアの育成について、学びました。

非常にインパクトある内容でした。
いま、ヨーロッパで何が起きているのか、
テレビの中の出来事ではなく、実際にそれと直面している人たちから、
生の声を聞くと、時代と社会の変化を感じます。

彼らの人権が踏みにじられている状況を前に、
日本でささいなことに対して「言い訳」をしている場合ではないと感じます。


世界の怒りと悲しみを味わう一日となりました。


「私の夢は、ベッドで眠ることです」

「毎朝、飢えで目が覚め、
毎晩、飢えで気を失うように眠ります」

「私はレイプマーケットで働いています。
そうするしか、ないのです」


パスポートももたず、職も持たず、住居ももたず、言語は通じず、気候もまったく異なり、
元の国には愛する家族や友人がいたとしても二度と戻ることはできず、
孤独で、不安で、恐怖に置かれている彼ら。


亡命してきた先でも、
「サバイバル」
は続くといいます。


不法滞在というものの状況の複雑さも関わり、
正統な亡命者の支援も、不法滞在者の人権支援も、
困難を極めているようでした。


昨日のワークショップで、
一番の狙いとしていたのは、亡命者理解、難民理解だったと思います。

自分たちの生活を脅かすかもしれない存在としてネガティブに捉えられている、
その亡命者パラダイム、難民パラダイムを、シフトさせることにあったでしょう。

自分がいかに何も知らなかったかを、
思い知らされました。

知らず知らずのうちに、思い込みの枠ははたらきますね。



あらためてパラダイムシフトの重要性を感じたわけですし、
相手のことを理解することの重要性を感じたわけですが、
それにしても、

「私の夢は、ベッドで眠ることです」

と語った少女に対して、
自分の「全力」の甘さを痛感させられました。


必死というのは、
まさにこういう生き方を言うのだよな、と思いました。


久しぶりに、心揺さぶられる夢に、出会いました。

彼女の言葉に、
そこにいた皆、目に涙を浮かべましたが、
壮絶です。


なぜ、世界でこんなことが起こるのだろうか。

これまでの人類の歴史の中で、
頭がいい人が何人もいただろうに、
なぜこういう問題が解決されていないのかと、思わされずにはいられませんでした。


どれだけの不安と、どれだけの恐怖とたたかい、
今、ここで生きているのか。


自分の「全力」を試されるような出会いでした。


<まとめ>

■世界には、「ベッドで眠ることが夢だ」という切実な人たちがいる。
テレビやメディアごしではなく、その語りに直面した時、
自分の無力さ、自分のパラダイムを痛感する。

■知らなかったことを知る、というのは、その第一歩だろう。
亡命者や難民が置かれている状況、相手の理解なくして、
適切な支援はあり得ない。
ネガティブな偏見や先入観といった思い込みがあれば、機能しなくなる。

■さらにいえば、こちらの本気度も問われる。
「全力」「必死」ということに対して、本当に命がけで1日1日を生きている人たちがいるのであり、
ささいな言い訳で自分の行動を止めている自分というのを恥じた。
僕の方は、イギリスに到着して、早くも1週間が経ちました。
残すところ3週間です。

1月と2月は、
この調査に焦点をあてていたため、
コンサルティングなどの仕事は抑え気味にしておりました。

イギリスでどのような状況になるか分からず、
どれくらいの時間が割けるかもわからなかったためですね。


ただ、1月の売上は前年比150.2%と毎月、前年超えの成長は続いております。
この調子でいきたいものです。

2月も、2/21の帰国後にコンサルティングラッシュで、
今月は30件のコンサル予定です。

減らしたとはいえ、なかなかにハード。
イギリス滞在中に同時並行で準備を進めながら、
満足度を下げることなくやりきりたいです。


2/28(日)からは成れる会大阪マーケティング塾4期が始まりますし、
3/7(月)からは成れる会京都マーケティング塾1期も始まります。


全力でやるしかありませんね。

楽しみな2月です。


改めて今年の1月1日に定めた目標を見返したところ、
だいぶわくわくしてきました。

大丈夫かなと思っていたイギリス調査も、
こちらで予想以上によくしていただいて、順調に進んでおります。

あんなに不安もあってドキドキしていたのですが、
飛び込んでしまえば、そんなものですよね。
準備ができていたのでよかったともいえます。


今日お伝えしたいことは、
改めて年初に立てた目標を見返してみてはどうか、
ということです。


それは自分の心を揺さぶるものかどうか?
1ヶ月で賞味期限切れになってしまっていると、
ちょっともったいないです。

もうすでに達成してしまったという人がいれば、
どんどん次へ行けばよいですが、
あらためて、新年の気持ちで、自分の胸に夢や目標を掲げて歩んでいけるとよいですね。


1月がよい1ヶ月だった人も、そうではなかった人も、
また2月勝負です。



<まとめ>

■今年も1ヶ月が終わった。
年初に立てた目標は、まだ、自分を奮い立たせるものだろうか。
そもそもそのような目標になっていただろうか。

■1月という1ヶ月がよかった人も、悪かった人も、
また2月という1ヶ月が勝負の月である。

■改めて夢や目標を胸に抱いて、
日々、そこに向かって全力で歩んでみてはどうか。
先日、撹上さんが、

”種村さんのメールコーチングは、劇薬ではなく漢方のようなもの。
コツコツと続ければ、体質改善ができますね。
メールコーチングとノートでOSを書き換えることができました。”

と、
メールコーチングのご報告内で書いてくださっておりましたが、
こちらの意図をしっかりとくみ取っていただいており、嬉しかったです。


まさに、意図しているものは、
じんわりと効いてくる漢方薬のようなものを目指しております。


世の中に教育理論や学習理論、変容理論は多数あり、
自分の中でも相手やニーズに合わせて、
サービス提供をしていきたいと考えておりますが、
メールコーチングは、さまざまなサービスのベースとなる部分になっています。


長期スパンでじっくりと、
変化をもたらすことを狙っているものであり、
ローリスクの変容理論を用いています。


先日の図解術のセミナーでもお話しさせて頂きましたが、
人は1日でできることを過大評価し、1年でできることを過小評価するものです。

それは、1回のコンサルティングの内容や1回の講義の学習を過大評価し、
毎日15分~30分の学びの蓄積を過小評価するようなものです。


1日15分や30分勉強を継続するよりも、
休日だけ1日3時間など勉強会に参加した方が学んだ気になりがちですが、
実際には、日々のささいな積み重ねや実践の方が多くをもたらすものです。


この蓄積をバカにしない人が、
1年後には大きな結果を手にしているということがあり得るのです。

1日1つささいな問題を改善していけば、
1年で365個も改善がなされます。



年末も、
毎日掃除をしていたら、年末に大掃除をする必要がなかったというご報告をいただきましたが、
そういうことってありますよね。

日々の実践の積み重ね、考える習慣の積み重ね、
どうか丁寧に扱っていって頂けたらと思います。



<まとめ>

■メールコーチングのように、日々の実践報告と日々の学びの報告、
日々のモヤモヤの解消、日々の時間管理の改善は、
継続することでじんわりと効いてくる。

■大手術のような劇的な変化もよいが、
日々の小さな変化を積み重ねることによる体質改善とコントロールの力を、
侮ってはいけない。

■人は1日でできることを過大評価し、1年でできることを過小評価してしまうものである。
1日15分~30分の思考習慣の蓄積によって、
1年後に得られるものは、1日や2日では学べないものが手に入っている。
本日も今週末の図解術セミナーに新たなお申し込みを頂きまして、
ありがとうございます。

Aさん、どうぞよろしくお願い致します。

ちょうどタイミングがよかったみたいですね。




■Aさんから頂いたメールを一部紹介させて頂きます。


(引用ここから)


今回、○○さんに
「種村さんのノートの取り方を勉強したい!」と相談したところ、
たまたま今週末 土曜日に講義がある!
と聞きましてメールをしています。

今週末の講義、参加できますか?

突然のメールで、申し訳ありませんがよろしくお願いします。


(引用ここまで)


僕のノートのとり方を勉強したいとのことで、
ありがとうございます。


たまたまもたまたま、
1年ぶりの開催ですし、開催の4日前に急遽告知したことですし、
不思議なタイミングというのはあるものですね。


こういう偶然の一致による学びは、
深まりやすい傾向にあります。


なぜか今回、
セミナー参加者の方々から、熱いメールをいただいておりますので、
他にも紹介させて頂きます。




■Yさんからいただいたメールです。

(引用ここから)

この度、16日に図解術セミナーがあるということで
まだ空きがあるようでしたら是非とも受講させて頂きたいと思っております。

私は情報整理がとても苦手なので、
今回のセミナーの内容には非常に興味があります。

また、昨年10月ぐらいから種村さんのメルマガも読ませて頂いており、
いつも多くの学びを頂いております。

(手書きで手帳には書いていませんが、
コピーしたことはあります!

vol.577『夢から覚めてからが本当の勝負』には
すごく勇気をもらいました。

ありがとうございます。)


種村さんとは実際少ししかお話ししたことがありませんが、
とても尊敬していますし、
自分の目標とする方でもあります。

すみません、長くなってしまいましたが、
セミナーの件、可能でしたらよろしくお願いいたします。


(引用ここまで)


Yさん、ありがとうございます。

セミナーに申し込んで頂くだけでもありがたいのに、
こんな丁寧な申込メールまでいただいてしまって、
恐縮です。

またお会いできるのを、楽しみにしております。




■続いては、Mさんから頂いたメールです。


(引用ここから)


参加しますのでよろしくお願いいたします。

・自分でできていると思うことが危ういので。
・幅も大切ですが深さも同時に大切。
・あれこれ手をださない。
・同じことをしても小・中・高校生、大学生、社会人、プロとそれぞれレベルが違う。
・私は図解で思考の展開度と深さをみているが他にないだろうか。
・テーマによっては、思考が展開できていなくて自分自身に感情が動く。
・初心にかえる大切さを忘れていないか。

こんなところです。

どうぞよろしくお願いします。


(引用ここまで)


Mさんに関しては、
毎年図解術セミナーにご参加いただき、
情報整理や思考整理に関して必要なことは実践していただいているのですが、
こうして謙虚な気持ちでお越し頂けるというのは、
こちらとしても身が引き締まります。

Mさん、いつもありがとうございます。


学び方を学ぶ、
考える習慣について考える、
というこれらの領域は、たしかに奥が深いものです。


みなさん、すでに学ぶ前からマインドが整っているので、
予習情報をお伝えしておきますね。


最近更新していない、
tanemurafumitaka.com
という僕のサイトがあるのですが、
その中に、学習方法についてまとめている部分があります。

http://tanemurafumitaka.com/learning



予習としては、以下の記事をさらっと読んできていただけると、
当日の学びが深まるのではないかと思います。

マインドマップ・メモリーツリーの習得に役立った3冊
http://tanemurafumitaka.com/archives/905


繰り返し言いますが、マインドマップ、メモリーツリーは簡単ですよ
http://tanemurafumitaka.com/archives/1445


当日は、
学ぶということはどういうことなのか、
図解術やノート術の枠をこえて掘り下げていきますね。




<まとめ>

■図解ができるということは、理解をしているからできるということにもつながっていく。
わかっていないと、情報や知識の整理はできない。思考の整理もなおさらである。

■今回は、セミナー参加時点から参加者のみなさんより熱心なメールをいただき、
講師としては非常に嬉しい限りである。
しかも、ニーズまで教えて頂けるのであるから、学習プログラムも構築しやすい。

■セミナー参加前に事前課題として、図解術セミナーで扱う知識に目を通して頂けると、
当日、そこから先の知識や考え方、学び方もつかんでいただけるのではないか。


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さてさて、
今日は熟達化の2つの方向性について検討してみましょう。


心理学の熟達化(expertise)研究では、
「定型的熟達者(routine expert)」と「適応的熟達者(adaptive expert)」
という概念が取り上げられることがあります。

専門的な知識や技能を獲得して、
その道の熟達者になっていく際に、
この2つの観点は抑えておく必要があります。


「定型的熟達者」というのは、
決まった作業や仕事をより早く、正確にできる者です。

同じルーティン業務に対して熟達していくので、
その作業や仕事であれば、
見事なエキスパートです。

たとえば、
料理において、レシピ通りにつくるのが、
どんどん上手になっていくという類いの熟達化です。

しかし、
特定の作業や特定の条件でなければ、その技を発揮できない状態になりがちです。

同じことの繰り返しで到達するその技術や知識は、
たしかに評価されるものですね。


一方、
「適応的熟達者」というのは、
状況に応じて知識や技を柔軟に組み替えたり、
新たな手順や方法を発明する熟達者です。

同じ仕事をしながらも、
自分でそれを応用させたり、変化させたりすることができます。

状況や環境に合わせて変化させたり、
1つ1つの作業の意味を問い直して、新しい手順を加えたりしていきます。


料理であれば、
ただレシピ通りにつくるのではなく、
熟達化が進む中で、新たな調理法を取り入れたり、新たなレシピを編み出したりします。

新たな知を生み出し、
新たな方法を生み出し、
新たな実践を生み出す。

熟達の先に、そんな世界があるとおもしろいでしょうね。


自分の熟達化の方向性を、
改めてチェックしてみて頂けるとよいかと思います。


同じことの繰り返しで、その作業に慣れて早く正確にこなせるようになっているのか。

それとも、
熟達するにつれ、状況や環境に合わせて、臨機応変に対応し、
新たな知識や方法論を編み出しているのか。

1年前と仕事のやり方と比べてみて、いかがでしょうか?


<まとめ>

■熟達者には大きく2パターンの方向性がある。
「定型的熟達者」と「適応的熟達者」である。

■1つの作業を繰り返しこなして、素早く、正確に実践できるようになるのが、
定型的熟達者。
その場の状況や環境にあわせて、自分の技やプロセスを臨機応変に変え、
必要があれば新しい方法論も編み出していくのが、適応的熟達者である。

■型をずっと維持するか、型を離れていくのかという違いでもある。
自分がどちらの熟達化の方向を目指しているのかを意識し、
日々の実践がその方向性とあっているのかをチェックするとよい。


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