キャリアを支えるおとなの学び -3ページ目

キャリアを支えるおとなの学び

自分の望む生活を手にできているでしょうか?
望むキャリアを歩めているでしょうか?
目標や夢は実現しているでしょうか?

ビジネス、教育、研究、ソーシャルビジネス、NPOなどの現場で接する様々な学びをお届けします。

また、
5月までで半年間のメールコーチングを終えられた方から
ご感想をいただきましたので、
紹介させていただきたいと思います。


(ご紹介ここから)


半年間メールコーチングを利用させて頂きました。
メールコーチングでは積極的な指導がある訳ではありませんが、
シビアに自分自身と向き合うように促されていたなぁと思います。


その中で課題として浮かび上がってきたのが自分自身の精神的弱さでした。
他人のせいにしがちなクセがあり、
それが家族関係や仕事で結構頻繁に顔を出している事に気付きました。
まさしくモグラ叩きゲームのような印象です。


きっとこのクセは一生付き合って行く事になる課題だなぁと思います。
しかし、課題が分かっているのに放置しておくのも勿体無いとも思います。
自分にはこういうクセがあるという事を分かった上で、
なりたい自分になれるようにしたいと思います。


仕事面の問題も見えてきました。
恒常的に仕事が多く、
女性に重要な仕事が任されないのが問題です。
しかしライフプランを考えた時に
仕事をしていない自分というのも想像出来ません。


今年のテーマに決めた「仕事も家庭も」が
今後のキーワードになりそうです。


上の年代の方々にロールモデルがいないので、
手探り状態にはなると思いますが、
じっくりと方向性を見失わずに取り組みたいと思います。
男性も女性も子育てしながらキャリア形成が出来る職場になるように、
少しずつでも今の雰囲気を変えていきたいです。


最後になりましたが、半年間有難う御座いました。
ちょっと精神的に依存しているような気がするので、
一度ここでメールコーチングを終了したいと思います。


しかしまた必要かな?と思ったらお願いするかも知れません。
その時はご都合つけば宜しくお願いしますm(__)m。


(ご紹介ここまで)


半年間、こちらこそありがとうございました!!

特殊な職場環境ということもあり、
育児と仕事の両立というのは容易な道ではない中でも、
日々コツコツと積み重ねてきた力は本物だと思います。


何を課題とし、
何に向き合っていくのか。


そういったことは、
みなさんの内側にあるものだと思います。


なので、
人によって、どこまで自分と向き合うか、
ということは変わってきます。


メールコーチングも、
僕との対話という側面よりも、
自分自身との対話という側面が強いといえるかもしれないですね。


どこまで向き合うか、
どこまで変えるか、
どこまで目指すか、
といったことも本人次第なので、
得ようとすれば多くのものを得られますし、
望まなければそれなりにすることも可能です。


人の一生は約3万日だといわれます。
もう半分過ぎてしまっている人もいるでしょうし、
そうではない人もいるでしょう。

そんな3万日のうちの半年間という180日間をご一緒できるというのは、
嬉しくもあり、楽しくもある日々です。

長い人生でみた時、
180日でどこまでのことができるのか、
どこまでのことに気づいていただけるのかというと、
それはそれなりの限界はあります。


ただ、
自分と向き合い、コツコツと積み重ねた努力というのは、
裏切るものではないですし、
それがもたらすものは小さくないと思っています。



丁寧に生きた日々の記録と日々の努力が、
みなさんの力となり、財産となることを願っています。


実践を積み重ねる旅に、終わりはないのでしょうから。


<まとめ>

■人生は3万日だと言われることがある。
本当はもっと短いかもしれない。

■半年間というのは、180日にすぎない。
3万日の人生から比べたら、180日というのは限られた期間ではある。
しかし、それでも積み重ねた努力と結果は大きなものをもたらすのである。

■自分と向きあい、自分と対話し、自分で乗り越えてきた日々と力というのは、
大きな財産である。
そして、しっかりと向き合えたことは変えていくことだってできるものである。


95%以上の方が変化と成長を実感
大阪・京都で成長意欲のある経営者からの信頼No.1 
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昨日は
教育学者パウロ・フレイレの言葉を紹介させていただきました。

今日ももう少しだけ考えてみたいと思います。



”大胆な行為は、のびのびとしたものだ。

自由の行為は、人を煽動するようなものではなく、
別の自由の行為を呼び覚ますようなものだ。

そうでなければ、それは愛の行為とはいえない。”


(パウロ・フレイレ『新約 被抑圧者の教育学』より)



抑圧され続けてきて無力感すら感じている人に対して、
何ができるだろうと思います。


どうせ無駄です。

うちは無理です。

もういいんです。


そういう状態って容易に起こりますからね。



自分の頭で考えろよ。

主体的に行動しろよ。

もっと自由にやってみなよ。


というような言葉は、
相手のことを考えているようで、
自由の行為ではないのですね。


「自由に考えろよ」
という指示命令によって相手に自由を与えることには、
矛盾があります。

「主体的に行動しろよ」
という指示によって、相手を受け身の形にさせつつ、
主体性を持たせるということにも矛盾があります。


しかし、
教育や人材育成の場面において、
ついつい陥りがちなのがそのような働きかけなのですね。


そこに自由はないのです。


本当に自由なら、学も学ばないも自由であり、
どう考えようが自由なのであり、
それだけに自由や主体性を教えるということには、
ちょっとした怖さもあります。

相手に主体性を求める場合、
そんなところに立場をとれるのか、
という教育者の器が求められることもあります。



主体性を育てる、
自分の頭で考えられるようにする、
自由な発想をできるようにする、
といったことを「指示命令」や「煽動」で行なうというのは、
限界があるということをつかんでおいた方がよいですね。


そういう小さい器の行為をしているのではなく、
のびのびとした大胆な行為が
相手に自由の行為を創っていくことにつながります。


そんな発想ありか!?

そういう次元の行為もあるのか!!?

それができちゃうなら、これもありなのでは!!?


そんな感じですね。


あなたが部下や仲間、子どもに自由な発想と主体的な行為を求めたいと思うような場合、
たいていは、自分自身がそんなのびのびとした大胆な行為をしていない、
ということなのかもしれませんよ。


自由な行為は、相手に触発を与え、相手を枠から解き放つ。



<まとめ>

■相手に自由に考えてほしいと思いながら、
人はついつい指示命令によってそれを達成しようとする。
主体的に考えてほしいと思いながら、指示命令によって、
相手を受け身の状態にする。

■自由さ、主体性を伸ばすという場合、
そこでは教育者側の器が試されるということでもある。
本当に、自由を許していないと、なかなか生じにくい。
そして、自由を許すということは怖さもあるのだ。

■自由の行為を呼び覚ますのは、自由の行為である。
それは、のびのびとした行為であり、大胆な行為でもある。
そして、それが相手に触発を与える。


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熱いぜ、フレイレ。

ということで、
今日は、フレイレの教育観と人間観をちょっとみてみようと思います。


人に教えるというだけではなく、
人と人が関わるというコミュニケーションの次元において、
自分はどの立ち位置にいるのかというのが問われます。



“人間の存在というものは、
そもそも静かに黙しているものではない。

真実ではない言葉は、その存在の糧にはならない。

しかし、真実の言葉というものは、
世界を変革する力がある。

人間として存在するということは世界を言葉に出して主体的に肯定して引き受け、
その上で世界を変えていくことである。

引き受けられた世界は、
引き受けた者に更なる問題を返し、
さらに言葉による肯定を進めるべく迫ってくることになる。


人間は沈黙のうちに人間になることはなく、
言葉をつかって仕事をすることによって、
その反応と省察のうちに、人間になるのである。


真実の言葉を話すこと、
それは労働であり、実践であり、世界の変革なのであるが、
それ自体は特権的なものではなく、すべての人の権利である。

だからこそ、真実の言葉はひとりでつぶやくものではないし、
他者の言葉を奪ってしまうものとしてご神託のようにいうことでもない。


対話とは世界を媒介とする人間同士の出会いであり、
世界を“引き受ける”ためのものである。

あなたと私という関係だけで空虚になってしまうようなものではないのである。”



”大胆な行為は、のびのびとしたものだ。

自由の行為は、人を煽動するようなおのではなく、
別の自由の行為を呼び覚ますようなものだ。

そうでなければ、それは愛の行為とはいえない。”


(パウロ・フレイレ『新約 被抑圧者の教育学』より)



抑圧され続けてきた人たちをエンパワーしてきたフレイレ。

圧倒的な実践から紡ぎ出される彼の言葉と熱と信念に触れると、
ちっちゃい「教育」に縮こまっているものでもないなぁ、
なんて感じるものです。


学校の教育現場でも、
セミナーでも、
コンサルティングでも、
研修でも、
部下の育成でも、
営業でも、
根本は一緒です。


人と人として向き合って、
世界を引き受けて、
それを言葉にしているかどうかなのですね。

相手を物のように扱ったり、操作したり、変えようとするところには、
真実の言葉はありません。


世界と相手にコミットして、
涌き上がってくる言葉に力があります。


頭で生み出した言葉ではなく、
相手と向き合う中で自然と涌き上がってくる言葉に力があります。


“うまくやろう”として発せられる言葉に力はなく、
不器用でも実現したい世界を引き受けて発する言葉に力があります。


涌き上がってくるもの、こみ上げてくるものがあるのに、
それを”言っても無駄だろう”と黙するということは、
世界を引き受けていないということでもあります。


気づいているのに言葉にしないこと。
わかっているのに言葉にしないこと。

それは、相手と人と人として出会っていないということなんでしょうね。


身近な人との関わりでも、
教育現場でも、
仕事の現場でも、
相手のことを愛をもって言葉にしているかどうかということが基本です。


そしてそこに立ち返ってみた時、
どれだけ実践できているかと考えると、流してしまっていることも少なくないのだろうと思います。


身近な関係性であれば、
世界を引き受けて話すなんてことは逆に少なくなってしまって、
表面的な返事や相づちが出てしまうのではないかと感じます。


照れなんかもあって、
身近な人に真実の言葉を言えていないなんてこともあったりしますから。


<まとめ>

■人を動かすのは、世界を引き受けて発せられる真実の言葉である。
相手を物のように扱ったり、操作する対象としてみて発せられる言葉に、
本当の力はない。
うまくいかないか破綻する。

■教育や人材育成、相手とのコミュニケーションの場面において、
人と人として向き合っているかどうかということが、何よりの基本である。
そこに愛がなければ、機能するものも機能しない。
相手をなんとか変えてやろうなんて思っている限り、うまくいかない。愛がないから。

■本当はこうしたらよいのにということがわかっているのに、
黙して語らないということは、
世界を引き受けていることにはならない。
私たちはみな「言葉」を用いて仕事をしている。
どれだけの仕事をしているかは、言葉をみればわかるほどである。


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最善というのは、
必ずしも間違えないということではないなぁ、
と思います。


間違えることが最善の結果ということだってあり得ます。

負けたことがあるということが最善の結果ということだってあり得ます。

時には、
失敗をしたことが一番よかった、
間違っていてよかった、
という時もあるものです。


それによって、
それをバネにして長期的に大きなものを得ることだってできるわけですからね。


間違い=失敗=敗北=最善の結果
ということだってあるというのは極端ですが、

最善の努力を尽くしたとしても
うまくいかないということだってあります。


ベストは尽くした。
やれることはやった。
しかし、ということはあるものです。


そういうことだって受け止めて次につなげていきたいものですね。


フィギュアスケートの羽生結弦選手だって、
最善の努力をしても4回転を失敗することだってあります。


転ぶ時には転ぶものです。



その上で、
失敗できる時には失敗しておくというのも、
時には必要だったりするなぁ、と思います。


転んでいい時には転んでみるというものです。


安心・安全な場や、チャレンジが認められている場、練習の場において、
挑戦したり、新しいことをしてみたり、ちょっとしたトライをしてみて、
失敗したり、転んだり、負けたりしてみるのも成長のためには必要でしょう。


羽生選手だって練習でまったく転ばないなんてことはなく、
より感覚を確実なものにするために、
何度もトライしているはずです。


練習で失敗を恐れていて4回転を跳ばずに本番に挑むなんてことはないわけです。


安全に転べる環境をつくり、
転んでもよい時を見極め、
そういう時にはちょっと挑戦してみながら、
感覚をつかむということもよいですね。


失敗の仕方、
転び方、
間違った時の対処法、
そういうのを知らずに大けがをすることだってありますから。


最善を尽くすという中には、
安心・安全な場や失敗できる時を見極め、
それらの領域で少しストレッチをして、挑戦してみて、
そして失敗の仕方や転び方、
そこからの対処法を学んでおくというのも、
含まれるのでしょうね。


<まとめ>

■最善の結果が失敗や敗北ということだってあり得る。
負けていい時や失敗していい時にそれらを経験しておいて、
もっと高みを目指すということにつながることもあるのだから。

■最善の努力を尽くしたところで、うまくいかないということだってありえる。
それはそういうものだと受け止めて、次にいかしていくしかない。

■また失敗の仕方や転び方、そこからの立ち直り方を身につけておくことも力になる。
そのためには、
失敗していい時や転んでよい時を見極め、
そういう安心・安全な練習の場で挑戦をしてみることである。


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毎月、月初になると、
その月の夢や目標をモレスキンのノートに書き出しています。

実現するかどうかは別として、
とにかく1ヶ月後にできていたらよいなぁ、と思うことを手当り次第に。


そして、それを一旦出し切ってから、
スケジュールなどや習慣予定などに反映させるべきものを反映させていっております。


そんな今日の朝に書き出した内容は、
次のようなものでした。

・イギリス調査の英語の報告書をイギリスでお世話になった方々に送りたい
・研究をとにかく進めたい
・夏に提出する投稿論文の方向性を決めていきたい
・本をたくさん読みたい
・仕事量の調整をしていく
・今月50万円の貯金をする
・オウンドメディアの構築
・成れる会大阪マーケティング塾5期のメンバーの募集を告知する
・妻と過ごす時間を確保したい
・コーチングセンスにもっと磨きをかけていく
・裁判員経験者にメールを送りインタビューをさせていただく
・研究が軌道に乗ってくれればよいな
・学会発表の準備をしておく
・カーディフロースクールのリフレクションシートの研究
・任意団体Social Marketing Japanのマーケティング戦略の検討
・東京でのウェブサイト活用セミナーの開催準備
・クライアントのみなさんの結果にこだわりたい
・未払いの督促を早めに終えたい
・インプットを増やしたい
・気が重いことをなくしておきたい
・美容系のサイト制作を完了させたい
・名刺の作成
・時間がほしい
・車がほしい
・子どもがほしい
・翻訳の仕事を進めておきたい
・InterProfessional Education研究会のイベントを成功させたい
・成れる会全体合宿を成功させたい
・ラジオ講座の最終回を聴く
・コンサルティングの依頼も増やしたい
・枠をこえたい
・NPOの人たちのための研究をしたい
・法律専門職のための研究をしたい
・ガンガンやる人になりたい
・本を書きたい
・お金の心配をしない生活をしていたい
・インターネット上での発信強化
・プロフェッショナリズムに関する本を読む
・専門職に関する本を読む
・市民社会に関する本を読む
・自分の道を信じて歩みたい
・人生を楽しんだなという1ヶ月にしたい
・仲間とともに楽しんだなという1ヶ月にしたい


ということで、
仕事上は比較的順調なので、
研究に力を入れたい1ヶ月でもあります。


気になっていることややりたいことを書き出していくと、
毎月変わってきます。

そしてここまでとにかく書き出してみると、
その1ヶ月のテーマも自然と湧いてきます。


今月の僕のテーマは、
「風のように、豊かに、楽しく、研究を進める」
というものです。


インプット強化月間ですが、
それでありながらも、
様々な案件を流れるように楽しんでいきたいものです。


みなさんは、どんな6月にしたいですか?


<まとめ>

■月初には、その1ヶ月の夢や目標をとにかく書き出してみることにしている。
実現するかどうか、やるかどうかは別として、
一旦書き出してから精査していくのである。

■とにかく気になっていることややりたいことを出してみることで、
その1ヶ月の方向性も自然と涌き上がってくるものである。

■それを凝縮したテーマを掲げることができれば、
その方向に向かって自然と軽やかに進んでいけるものである。


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いやぁ、
クライアントさんに、
「そんなに仕事をしていたら体を壊すのでゆっくりしてくださいね」
と言いながら、
自分自身がここまで詰め込んでいては説得力がないなぁ、
と感じてしまうような日々です。

今日は、
午前中から梅田でコンサルティングが1件。

午後には、
先日のInterProfessional Education研究会の記録作成、
オウンドメディア構築に向けての設計図作成、
サイト更新依頼対応2件実施、
サイトのアクセス解析とコンサルティング対応1件実施、
料金設定における相談対応1件実施、
売上アップに関する数字管理の相談対応2件実施、
新たなサイト作成対応1件実施、
チラシの添削1件実施、
コミュニティ運営に関するご相談対応1件実施。

最大限の仕事をしたつもりですが、
まだまだ山積しております。

どの案件もおもしろいので、ついつい引き受けちゃいますね。


仕事をいろいろ引き受ける際に、
「よくそんなに処理できますね」
と言われます。

基本的には、
自分のところでボールを抱えないようにしていれば、
何とかなります。


相手がボールを持っている状態をつくるようにするということです。

パスが回ってきたら、
さっさとやってしまって、
相手にボールを投げておくということを意識しています。

相手の返事待ち、相手の対応待ちとなっている状態なのか、
自分の返事や対応を待たせている状態なのかは、
大きな差です。


なるべく自分の状態を空っぽにしておきたいですし、
淀ませたくないですし、
爆弾を抱えたくないものです。


そして、
相手にボールを投げておくというのは、
小さなアクションでもよかったりします。


何もリアクションをしないよりも、
できたところまで報告をしたり、
終了予定日を伝えたりすることによっても、
精神的負担は軽くなります。


報告、連絡、相談といった基本なんですけど、
ボールを抱えていない状態をつくりたいものですね。


<まとめ>

■いろんな案件を処理していく際に重要なのは、
自分のところでボールを抱えず、
相手がボールを抱えている状態に早めに持っていくことである。

■返事をしていない、報告していない、自分の対応を待たせているといった、
ボールを抱えた状態になっていると、
精神的な負担も大きくなり、焦ったりして余計に時間がかかる。

■コツとしては、小さな報告、小さな連絡、小さな相談でよいので、
相手に投げておくことである。
何も報告・連絡・相談をしていないという状態だと、どんどん重くなってしまう。


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先日、
種村さんのスピード感が素晴らしい、
というご感想をいただきました。

ありがとうございます。


「頭の回転の速さ」だけではなく、良い意味で「話が早い」
ということまでおっしゃっていただけて光栄です。

重ねてありがとうございます。


どうなんでしょうね。

このあたり、自分ではあまり自覚がないのですが、
周囲の人から指摘されることが多いので、
素直に受け取らせていただいております。


良い意味で「話が早い」、
ということについて、改めて考えてみました。


人とお会いしていて、話が早いなぁ、
という場面は最近よくあります。



それは共通言語がある場合がほとんどです。


経営者であれば経営者間での共通言語がありますし、

学者であれば学者間での共通言語があります。

コーチであればコーチ間での共通言語があります。

学校教育現場であれば、学校教育関係者の共通言語があります。


そして、
女性には女性の共通言語があります。


相手が言っていることを理解し、
相手に伝わる言葉で伝える。

また、相手に伝わる論理で伝えるということが大切ですね。


いろんな人と接してきて、
いろんな場面で僕が用いている言語を発信していることで、
共通言語をつくりやすいという下地があって、
「話が早い」
ということが起こります。


言わなくても伝わる。
阿吽の呼吸で伝わる。
そういうことが最近は特に多いですね。


そして、1言えば10受け取るというような関係性が、
周囲にできているのがありがたいです。


そんな感じで、
共通言語、共通概念、パラダイムを共有できる人との話は早いです。


もうひとつは、相手が望んでいることを考えるようにしているから、
というのもあるかもしれません。


こうしてほしいのだろうな、
ということをつかんでいれば、
会話は前に前に進んでいきます。


途中のプロセスをすっとばして、
一気にゴールの先まで到達することさえあります。


「種村さんにお願いすると話が早くていいや」
ということを最近よく言われるのですが、
まぁ、そういうことをおっしゃる人に共通する要素があるのも事実で、
僕だけの問題ではありません。


・向上心がある
・行動している
・実践している
・夢や目標やありたい姿が明確になっている
・自己投資をしている
・豊富な経験がある
・スピード感がある
・意思決定の基準が明確である
・相手のことを考えている
・共通言語がある
・結果を出している

こんな方々から、「話が早い」とよく言われます。


会話というのは、コミュニケーションなので、
相手との関係性の上に成り立つものですね。


僕が早いのではなくて、
実際には、相手が早いということも大きく関わってくるものです。

頭の回転の速さとはたしかに違う次元で、
「話の早さ」というのはありますよね。



<まとめ>

■良い意味で「話が早い」と言われるが、
それは共通言語、共通概念が基盤にあって成り立つものなのだろう。

■「頭の回転の速さ」とは別次元で、「話の早さ」ということは起こる。
それはコミュニケーションの問題だからである。
相手の理解、相手への気遣い、相手の速度、会話の質なども左右してくる。

■話が早い人と話せば、話は早くなる。
行動している人と話せば、話は早くなる。
自分が行動して実践していれば、話は早くなる。


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昨日に引き続き、
映画「魔女の宅急便」にみるスランプ脱出法です。


ジブリの映画「魔女の宅急便」では、
主人公のキキが、
飛べなくなるという状況が訪れます。

いままでできていたことができない、
どうしてよいのかわからない、
楽しかったはずなのに楽しくない、
いままでどうやっていたのかもわからない、
そのような状態が訪れるものです。


僕も研究をしていて、
楽しかったはずの研究が苦しくなるということは、
よくありますし、
まったく進めることができなくなることがあります。


そんなスランプ状態のジジは、
絵描きのウルスラの元を訪ねます。

そして、
どうやってスランプを抜け出すのかのヒントをもらいます。


絵描きのウルスラは、
「描いて描いて描きまくる」
のだと言います。

うまく描けない、
楽しくない、
納得いく絵が描けない、
インスピレーションもわかない、
つらい、
苦しい、
そんな状態でも、
とにかく「描いて描いて描きまくる」のです。


僕の場合であれば、
よいアイデアがわかなくても、
何をしたらよいかわからなくても、
気が重くても、
立ち向かっている問いや課題に対して、
ノートに思考の跡を、書いて書いて書きまくります。


もちろん、
ほとんど何も思い浮かばない中で、
かろうじて気づいたこと、きっかけとなりそうなことを書いているので、
長いトンネルの中にいるような状態です。

それでも鉱脈にあたるのを信じて、
書き続けるしかないです。

もがき続けるしかないのだと思います。


それでもダメなら、
「何もしない」
と絵描きのウルスラは言います。

ぱったりと絵筆をおいて、
描くことから離れてみるのです。


これは、怖いことです。

もう二度と戻れないのではないか、
という不安も生じます。

自分にはやはり向いていなかったのではないか、
という不安も生じます。

もうダメになってしまったのではないか、
才能も思考も枯渇したのではないか、
ひらめかないのではないか、
そんな想いもこみ上げるかもしれません。


とにかくもがいて、もがいて、
それでもどうしようもなければ、
しばらく離れてみる。


そして、時が来るのを待つ。


そして、また、
向き合いたいと思える時に、
向き合ってみるということになります。


ただ、
本当に自分が向き合っていることや、
誰かに止められてでも自分がやってみたいと思っていることでなければ、
手放してから戻ってくるということは、難しいのかもしれません。


長いトンネルの中にいる時というのは、
苦しいものですが、
「描いて描いて描きまくる」
「書いて書いて書きまくる」
「もがいてもがいてもがきまくる」
ということをして、
それでもダメなら、一旦、離れてみる、ということですね。

やまない雨はないように、
トンネルはいつか抜けますし、
時が解決してくれることもあります。


<まとめ>

■スランプの時は苦しいものだが、
その苦しさの中でも、「書いて書いて書きまくる」しかない。

■そして、どれだけもがいてもダメだった場合には、
「何もせず、距離をとってみる」のである。

■距離をとるということも怖いことである。
距離をとっていて解決するのか不安になるからである。
しかし、もがき尽くした後なのであれば、
時と自分を信じるのが吉である。


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ジブリの映画に、「魔女の宅急便」という作品があります。

有名な作品ですし、
ご覧になっている方も多いと思います。


最近、友人や知人から、この映画の話をされることが相次ぎましたので、
ちょっとだけ取り上げてみたいと思います。


それは、
子どもの時に観たのと、
親になって観たのでは、
違った見え方をする、というものでした。


初めてこの映画を観た時は、
僕も子どもの頃でした。
小学生の時期だったと思います。

友人や知人も同年代なので、
子どもの頃に楽しんでいます。


そんな人たちも、
30代となり、
親となり、
幼い女の子を育てるようになったのですね。

幼稚園くらいから、小学生低学年くらいの女の子を持つ母親から、
「魔女の宅急便」を観ると、
娘を外の世界に送り出す母親の気持ちがよくわかる、
親の方に感情移入してしまう、
というような話をされます。


残念ながら、
僕はまだ子どもがいないので、
実感としてダイレクトに感じることはないのですが、
それを聞いて、なるほどなぁ、と思いました。


そんなところにも、
パラダイムシフトはあるのですよね。

自分が親という立場になってみて、
映画を観た時の見え方が変わる、
というものです。


作品自体はまったく同じなわけです。


しかし、
自分が子どもから親へと変わることで、
見えてくるものが変わりますね。


ちなみにこの作品、
キャッチコピーは、
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」
というものでした。


スランプに陥って、
そこからの回復というのが、
僕としては好きな内容です。

それまでほうきにまたがって空を飛べていた主人公のキキが、
ある時を境に、飛べなくなってしまいます。

それまでできていたことができなくなる。

これは、怖いことです。

そして、できなくなってしまうと、
なぜ、いままでできていたのかもわからなくなって、
どうしたら抜け出せるのか、わからなくなります。

みなさんも、そんなスランプの経験はあるでしょうか?


スランプに陥ったキキは、
絵描きのウルスラを訪れます。

長いトンネルを抜け出すために、
ウルスラがジジに語るのですが、
その内容がよいのですね。



長くなりますので、
明日に続けます。


<まとめ>

■映画や作品というのは、見る側の立場が変われば、見え方も変わる。
作品の内容自体は変わらないのだが、見る側の変化で、作品の感想も変わる。

■ジブリの作品「魔女の宅急便」は、女の子の成長ストーリーでもあるが、
親になってみると、娘を世界に送り出す親の心境に共感するものである。

■それ以外にも、スランプからの回復の物語でもある。
自分がスランプに陥っている時、長いトンネルの中にいる時に観ると、
とべなくなったジジの不安はよくわかるものだろう。


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閑話休題的な話題が続きますが、
今日の気づきは、
ヘッドホンというのは、よいなぁ、というものです。

これまで音楽を聴いて作業をする際に、
イヤホンを用いて行なっていたのですが、
使っていたイヤホンの調子が悪くなったので、部屋にあったヘッドホンに切り替えて仕事をしていました。


ただそれだけの違いなのですが、
ウェブ制作の作業効率が、
だいぶ変わりました(笑)

ノイズキャンセリング機能もない、
普通のヘッドホンでしたが、
集中度が高まり、雑事が気にならなくなりました。


やってみると単純なことでも、
生産性というのは変わるのだなぁ、
と思います。


自分にとっての快適性を追求することがポイントですが、
そうなってくると、
道具にもこだわりたくなるのが性分というのも。


生産性が高まるとなると、
ちょっと検討してみます。


ところで、
作業とBGMの相性というものもあり、
ウェブ系の作業をする際は、RADWINPS、サカナクション、ゲスの極み乙女、SEKAI NO OWAEIあたりをよく聴きますが、
研究系の作業をする際には、高木正勝やクラシックをよく聴きます。


そんな単純なことでも、
快適な作業環境をつくることにつながるのですから、
バカにできないものですね。


<まとめ>

■ヘッドホンで音楽を聴きながら、ウェブサイトの制作や編集作業をしたところ、
快適で、はかどった。

■イヤホンからヘッドホンに変えてみるという単純なことでも、
自分が集中するモードをつくることができる。
ノイズキャンセリング機能つきのものにするなど、
工夫の余地はまだまだある。

■作業内容の質にあわせたBGMを選択することも効果的である。
単純なことなのでバカにされがちだが、
自分が心地よく作業できる環境や音楽を創り出すことには、
意外と大きな価値がある。

 

 

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