今日は苦手な「英語教育」を切る・・・ | ~ ロバート・フジタの一筆コラム~

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いつもの習慣で帰宅後すぐにテレビスイッチをON





じぇじぇ~!!何やら教室に「クローズ&ビーバップ」に出てくるようなヤンキー軍団!!教壇にはあの東進のカリスマ英語講師安河内哲也氏がいるではないか。テレビ局の企画モノらしいが、東進の名物講師陣がヤンキー達に勉強の大切さやヤル気を(1回だけの授業で)教える番組の第2弾らしい。








因みに第1弾は「今でしょう~」でブレイク中のカリスマ国語(現代文)講師林修氏だったらしい。





学生時代から英語があまり得意ではなかった私としては、興味津々で見入ってしまい、こうなるとヤンキー軍団の動向などはどうでも良い存在となり、安河内氏の英語授業の面白さや分かり易さにただただ・・感心してしまった。こんな先生が学生時代に一人でもいれば、もっと英語が好きになれたのかも知れないと今更ながら強く思ってしまった。







グローバルスタンダードの名のもとに、今や英語はビジネス社会でも必須条件になりつつあるようだ。しかしその反面、積極的な知識の習得やマトモな日本語さえも使えない若者達が、世界に飛び出すために英語を学んだり話したりすることにちょっとした違和感を感じてしまう。



そんな折、こんな書籍を見付けてしまった。






かなり刺激的なタイトルの本である。マイクロソフト元社長/成毛眞氏の「日本人の9割に英語はいらない」である。タイトルが刺激的なら、キャッチフレーズもかなり過激である。


「英語業界のカモになるな!」


「英語ができても、バカはバカ」


「頭の悪い人ほど英語を勉強する」



信じられないことだが、成毛氏はマイクロソフトの社長を勤めていた当時は英語が殆ど話せなかったらしい。その人が「9割の人は英語が話せなくても全く問題ない」と、自らの経歴と統計データから算出した数字で断言するのだから何故か説得力がある。



英語が必要な1割の人とは、ビジネスにおいて英語力がそのまま評価につながる職業ということになり、外資系企業のビジネスマンや、外国人を相手にする機会が多いホテルマン、デパートの店員、あるいは英語論文を読むための研究者や医師といった人達と言うことになるだろう。



成毛氏は「20代、30代は仕事で覚えなければならないことが山ほどあるのに、英語の勉強に時間を取られたら、肝心の仕事に集中できない」「この時期に身につけられなかったら、生涯仕事ができないビジネスマンのまま終わってしまう」と危惧している。つまり、将来に備えて勉強する語学に時間を取られるよりも、目前の大切なことを勉強や仕事をしなさいということになるようだ。





 


 

以前、シャープや楽天、ユニクロなどが社内で英語を公用語とし話題をよび、小学校での義務化でも論争が沸いた。勿論、社内の公用語を英語にすることに対し「全くナンセンス」と反発する企業の経営者達も多数存在していた。






前述でも触れたが、英語が話せても肝心の話す内容が伴わなければ全く意味がない。英語よりも前にもっと身につけるべき知識がある筈だ。



これまでに聞こえてきた世界における日本人のイメージは「英語は話せるのに自分の考えを述べることが出来ない」というのが一般的である。米国の留学生の中でも中国人や韓国人留学生は活発に発言するが、日本人留学生は自分から意見を述べることはないと言うのが通り相場のようだ。







思い出してほしい。あのクリントン女史が米/国務長官の頃の記者会見で、30 代位の眼鏡を掛けた中国人男性記者から尖閣諸島がらみで米国のスタンスを問う鋭い質問を浴びせられ、ちょっとひるんだ場面があったことを。世界に名だたるクリントン長官を相手に一歩も引かない中国人記者の度胸に感心したが、記者ならば当たり前の根性であろう。日本人記者も同席していたに違いないが、彼が英語に堪能だとしても果たしてその度胸があっただろうか。日ごろ国内の記者会見の生温い質問を見聞している身には到底考えられないが、結局、英語を話せるかどうか以前に問題があるのだ。





英語は打出の小槌ではない。英語さえできれば何でも可能とはならない。語学とは単なるツール(道具)であり、自分の考えや思いを伝える手段にすぎないものである、ゆえに根本的な学力、能力、知識に欠けているならば、せっかくの語学力も宝の持ち腐れ・・猫に小判、豚に真珠である。(多分、英訳だとcasting pearls before swineとなる)




 


 
  

しかし、日本人の英語崇拝は絶対的であり、英語さえ出来ればとの認識のもとに、ついに小学校まで必須化になってしまった。基礎学力が満足に身につかないうちに、英語を必死に勉強してどうする? 勿論、英語の勉強も必要であるが、今の日本の英語崇拝は異常事態に映るから気になるのだ。






英語崇拝が高じて、今や意味の通じない和製英語までが巷はおろか役所の印刷物にも臆面もなく氾濫。成毛氏が書いている「英語が出来てもバカはバカ!」が耳に痛い。



 
この場合、Use the other door. 位の表記でしょ~か?






今日はこの辺りでお別れしましょう・・・