若いサラリーマン達の話し声が耳に入ってきた。
「もうデジタル化の波は止められない。もっともっと進化して行き、ペーパレスは当り前。今更、システム手帳でもないでしょう」・・・と。
しかしデジタル全盛のいま、紙の手帳は本当に必要なのか?ふっと疑問を持った。
そう思った私はある実験をしてみた。愛用の「システム手帳」を机の引き出しにしまい込み、iPhone などのスマートフォンと パソコンだけで過ごしてみることにした。
昔からシャープ「ザウルス」などの電子機器は興味を持って使っていた。
今はスマホやタブレット用に優れたアプリがたくさん発売され、安価で買える。それらを使いこなせば、紙の手帳の代用になるばかりか、紙では及びもつかないすごい事ができる。そうすれば、生産性が向上し、目標もやすやすと達成されるはずと目論んだ。しかし、ここには忘れがちな大きな落とし穴があった・・・そうウィルス感染だ。パソコン並みのウィルスガードアプリでも有れば問題はないのだが。
私には潔癖主義的なところがあるのか、道具に対する美学を求めることが少々やっかな癖である。
紙の手帳が乱雑な文字で汚れていたり、本来記入されるべきスペースが空白のままだと罪悪感を感じてしまうのだ。そうした”美しくない”手帳を持ち歩くのは嫌になる。完全でなければ無と同じ、結局、自然に手帳から遠ざかってしまう、という悪循環があった。
その点、電子機器だと美学違反が起きない。
汚い文字が表示されることはないし、それどころか、スマホに向かって話せばスラスラと美しい文字に変換される「音声認識」がある。更には、決まった時刻になるか、決まった場所に来ると、そこでやるべきことを知らせてくれる「リマインダー」などの機能もあって、持ち歩きの秘書や執事のようだ。ここまでくると、もはやデジタルの独壇場といえる。これこそ美しい仕事だ!
永年、紙の手帳でやってきたスケジュール管理やTo-Do 管理などもデジタルに軍配が上がるだろう。「○○社長と以前にお目にかかったのはいつだっけ?」ということも電子で検索すれば瞬時に分かる。
「何だ、もう紙の手帳は要らないじゃないか」と思えた。しかし、それは最初の一時的なものだけだった。
続きは次号へ・・・




