現代に活きる偉人達の逸話 | ~ ロバート・フジタの一筆コラム~

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日頃から経営者や企業幹部の方々から「~はどうしたら良いでしょうか?」と言った類の質問が投げ掛けられるケース多い。

そんな時、ある方から教わった孟子のお馴染みの一コマを思い出す。
もし知らない方がいると悪いので概要を記しておく。

故郷にいた孟子は、ある日のこと、隣国の国王から招きを受けた。招待の主は滕(とう)の国王・文公である。その当時「戦国の七雄」といわれた斉(さい)の国と楚(そ)の国に挟まれていた小さな国の滕(とう)は、斉と仲良くすれば楚ににらまれ、楚と仲良くすると斉に叱られる。絶えず隣国にのみ込まれる恐れもあって、国王はもちろん国民も生きた心地がしなかった。戦国時代を生きぬく為には、どちらかに付いて守ってもらうしかない。どちらに付くべきか、と言うのが文公の悩みだった訳だ。

 
●そこで孟子を招くことにした。現代でいえばドラッカーを呼ぶようなものだろうか。幸運なことに孟子は隣国に住んでいて依頼を受けてくれた。

「孟子殿、実は・・・・・である。我が国としてはどのようにすべきか、お知恵を拝借したい」と願う文公。一通りの説明を聞き終わり、孟子が発したことばは意外にも冷たい一言だった。

 「これに対する方策は、吾の力の及ぶところではない」

 要するに孟子は、私の力(立場)では判断できない。国王である貴方がお決めになる問題だ、と突き放したのだ。

 ●当時の孟子の顧問料は国王相手ゆえにべらぼうに高い。今のお金で億単位、いや、さらに上だったと思われる。そんなお金を払っているのに、「私の力の及ぶところではない」と突き放すのが孟子の孟子たるゆえんである。

 ●突き放されると心細くなる。なんでもいい、どんな糸口でもいいからきっかけになる助言がほしいと相手は切羽詰まって求めてくる。

 
そこで孟子は、「どうしてもとおおせならば」と次のような助言をした。
(三国志演義の諸葛亮孔明と劉表の息子で劉琦との会話も思い出される)

 「ひとつ方策がございます。それは、この城の堀を深くし、この城壁を高くし、防御の手段を尽くすことである。さらにこの城に人民とともに籠もり、国王のために命を投げ出してでも城から逃げずに守ろうという上下一致の姿勢を示すことである。万一、事がやぶれて城も池も他国に奪われるようなことになっても、君臣上下とも城を枕に切腹する覚悟を決めることである。そこまでの覚悟を王が示されれば、民も付いてくるでしょう。そこまでおやりになれば、あとは斉につかえてもよし、楚につかえてもよいでしょう。あるいはどちらにもつかえないということも可能になるでしょう」

 ●どちらを選べば正解か、という問題ではない。どちらを選んでも正解になるようにする、と言うことだ。王が決死の覚悟を持たない限り、どちらを選んでも失敗しますよ、と言うことでもあった。

 ●覚悟を決め、行動を誓った文公。その力を認めた孟子は、その後、文公に対して農地政策や租税政策に関しても助言を送っている。文公もそれを着々と実行に移して行った。

先ずは、国王としての基本姿勢や心構えを指摘した孟子。

この話を聞いてから安易に(即答)助言しないようなった。なぜならば、決めるのもやるのも最後は経営者であり、社員達だからだ。

経営者や企業幹部の方々が思い悩んで困っているのに、第三者が即答し、それが大正解である筈がない。もしそれが正解であったとしても、あっさり即答されてしまったら、人間、素直に聞き入れることが出来ないものだ。どちらにしても、解決案を即答することは愚行だと・・その方には教わった。

孟子や孫子や諸葛亮孔明など偉人達が残して行ったものは、現代に生きる私達も学ぶべきことが多い逸話があるようだ。


今日はこのへんにしとうございます。