大学在学中、実技テスト前になると、普段のレッスン室の5倍ほどの広さの特別な部屋で、フルコン(コンサート用のピアノ)を使い、門下生全員が集まって、お互いに演奏をし合い、先生から批評していただく形態の、いわゆるテスト前の度胸試しも兼ねたレッスン=合同練習会が行われるのが恒例となっていました。
その時のテスト範囲はロマン派。
私はショパンのソナタ第2番op.35(葬送ソナタ)を選び、練習していました。
日頃から、暗譜の方法があいまいで、自己流だという自覚があった私は、合同練習会の前の最後のWの先生(※1)の個人レッスンの際に、暗譜の方法を質問しました。
私「暗譜に自信を持ちたいのですが、どういった練習方法で取り組めば良いか、悩んでいます。」
すると先生は即答で、
先生「じゃぁ、次回の合同練習会で、曲のスピードをものすごく遅くして、暗譜で演奏してみましょう!^^」
私「え?!遅くですか?」
先生「そうです!遅くと言っても、相当遅くですよ!眠くなってくるくらいに遅くです!」
私「眠くなってくるくらい遅くって・・・どれ位ですか・・・?」
先生「そうですね~、8分音符がおよそメトロノーム69くらいかな。またはそれ以下でね!」
私「えっ!!!!そんなに遅く・・・・ですか?」
先生「もちろんです!弾いている最中に次の音が何なのか、楽譜を思い出さなければ無理、ってくらいに遅くなくちゃ意味がないでしょ?」
私「は・・はい、やってみます!!」
先生「あ、そうそう、その遅さでも音色はそれぞれの場面どおりにね
」
私「は・・はぃ!!」
その後帰宅し、早速先生の助言の通り、めちゃくちゃ遅いテンポで暗譜を実行してみる・・・が
で、できないっっ!!!!!
超絶技巧的な場所や、同じ形状が数回続く場所、ショパン特有の1音だけ変えてある場所、2分音符や前音符などの長く音を保つ場所、左手のオクターブ以上離れる場所の5の指の場所、同じく4の指の場所(などなど他にもいっぱい!)に来ると、次が思い出せなくなるのです(滝汗)
ガーン
これは一体・・・なぜなの?!?!
よくよく考えたら、私は演奏中、心の中で音楽を歌っていた。
そして、その歌を再現するような感じに演奏していた、という事がわかりました。
しかも、その曲において私は、テクニック上の問題をあまり感じていなかった為、最初から希望の速さで練習していて、心の中の歌のスピードも常に速く、本来の演奏スピードでばかり練習して(歌って)いて、1度たりとも先生のおっしゃったような超スローな暗譜で曲と向き合った事が無かった事に気がつきました。
そこで先生は、私が歌えないほどに(心の呼吸が足りなくなるほどに)遅いテンポで演奏する事を指示し、楽譜を思い返さずにはいられない状態を強制的に作る事で、感覚での暗譜から、頭を使った確実な暗譜へと導いてくださったのでした。
それがわかってから、私は常に楽譜を譜面台にスタンバイさせておき、それは見ないようにして、でもわからなくなったらすぐに楽譜のどこなのか確認して・・この繰り返しを行いました。
すると、だんだん頭の中で常に楽譜の詳しい映像が流れるようになりました。
それまでの私は、演奏中、ややこしい場面の楽譜しか頭に浮かべていなかったのだということもわかりました。
しかも、こののろまなスピードでノーミスを維持するには相当の集中力が必要で、途中で邪念が入ってしまったらアウトでした。
そんな風に、とてつもない練習をしながら1週間を過ごし、いよいよ合同練習会当日です。
門下生のみんながじーっと注目する中、ただひたすらめちゃくちゃにのろまなスピードでショパンのソナタを演奏する私。
このソナタのⅠ楽章は、アッラ・ブレーヴェなので同じ長さに見える4分の4拍子を遅くする事と比べても、その倍も遅く感じるスピードです。
本当に遅いんです!!!!!
めちゃくちゃに遅すぎて、全音符などは音が消えてしまうほどの勢いで遅いんです!!(笑)
ちょっとやそっとの遅さではないのですよ!!!!!!!
同じ門下のみんなに、土下座したいほど死ぬほど遅いんです・・・(涙)
私の演奏だけで、気の遠くなるほど時間が経過していました。
演奏が終わった時、門下のみんなはさすがにちょっと疲れ切った様子で、ため息が聞こえてきたほど(笑)
自分自身も、疲れ果て、ゲッソリ&ふらふら。
先生はニヤっとされておりましたが(笑)
しかし、この途方もなく長~~~~~~~い演奏を、なんとか聴衆の前でクリアしたら、「完璧にわかった!」と自分自身で言いきっちゃうほどに、暗譜以外のこともクリアしていました。
なんと!楽曲分析やそれに準ずる表現、ペダリングや譜面上の指示記号などなども全てひっくるめて、よく理解できるようになってしまっていたのでした。
その後、全く不安もなく、緊張も無く、なんだか本当に気分よくテスト本番を迎え、テスト結果も、Wの先生曰く、「思った以上に良い点数だったわね!」ということでした(*´∇`*)
それにしても・・・あんなに長い時間、一体何の曲を弾いているのか理解不能なほどに遅くてつまらない演奏を、みんな静かに最後までじっと耐えて聴いてくれていた門下の同士たち・・・。
この場を借りて・・・ごめんなさい><;
そして、めったにでき無い機会を与えてくださったWの先生には、本当に心の底から感謝しています。
先生の思い切ったご指導は、今でも忘れられない非常にありがたい貴重な経験です。
(※1)教授の門下生は、教授のレッスンの他にも、もう一人、別の先生がみてくださるダブルレッスンシステムなので、そのもう一人の先生の事をW先生(ダブルレッスンの先生)という俗称で言っていました。