3.11以前と以後で「生き方」が確実に変わった。
「死」というものが身近になったということ、そして「生」を受ける間の生き方を。
昨年、被災地ボランティアで、民家の畑のがれきを撤去しているとき、あるものを発見した。
緑色の預金通帳。
ただの預金通帳ではない、きれいにビニール袋に入れてある預金通帳だ。
普通、通帳はビニール袋に入れたりしない。今まさに津波に襲われ、命の次に大事なお金、預金通帳を濡れないように急いでビニール袋に入れ、落とさないようにしっかり結わいて持っていたのだろう。そんな光景を想像せざるを得なかった。
残念ながらその通帳はがれきの中から見つかった。もしかするとその持ち主も、もうこの世にはいないかもしれない。
その通帳を見てこう思った。
「人の人生の終わりは、こうも突然、何の前触れもなく来るのか」
死はいつでも来る。
明日かもしれない、来年かもしれない。
では明日死ぬと分かったら、最後にどう思うだろう。
あれもやっておけばよかった、これもやっておけばよかった、そんな後悔ばかりで人生の幕を下ろしていいのだろうか。
「悔いは無い。精一杯生きた。本当に満足だ」
そう思って最後の時を迎えられたらどんなに「幸せ」だろう。
そこからだ、生きている間は一生懸命生きようと決めたのは。
人間、「どれだけ長く生きるか」ではない。
生きている間、「どれだけ精一杯生きるか」
これが人生で最も大切なことだと思う。
人生の最後を「幸福」で終わるために。
死について親近感を持った瞬間から「生」が充実するようになった。
死というものを意識してはじめて命の尊さ、生の大切さが分かる。
だから子供に生きることの大切さを本気で教えようとするなら、まずは「死」について真剣に教えるべきだと思う。
人の命は地球よりも重いとか、フライドチキンやお菓子を食べさせて「自分を大事にしなさい」とか、そんな綺麗事や意味不明なこと教える前に、「死」とは何なのか、自分がこの世にいなくなるということはどういうことなのか、それを子供が理解すればするほど、生きている「今」を一生懸命生きようとするだろう。
死はなぜ怖いかというと、自分という「意識」が消失するからだ。
決して「肉体が滅ぶ」からということではない。
肉体が無くなっても意識さえあれば、透明人間みたいに生活できて、案外楽しいかもしれない。
死の恐怖とは「意識」が永遠に消えることにある。
死は怖い、本当に怖い、この世に「自分」がいなくなるなんて耐えられない。
しかし、死は常に隣にある。
だからこそ、今を、この瞬間を、精一杯生きないといけない。
やみくもに、だらだらと、無目的に生きてられるほど、生の時間は長くない。
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