今日の中日新聞朝刊に、NPO法人「もやい」の記事が載っていました。
路上生活者「ホームレス」の人達を、アパートで生活出来るように支援している組織です。
当初は二人でこの活動が始まり、その方達のことが詳細に紹介されていました。
その記事の中で、ある年老いた男性のことが書かれていました。
70代のその男性は、50年以上勤めた会社を辞めてから、身寄りもなく、貯金も尽き、路上をさまよっていたとのこと。
二人の援助によりアパートを借りることが出来、
「もう一度、屋根のある部屋に住めるとは思わなかった」
その夜、男性は布団の中で一人声を上げて泣いた。
と記されていました。
その男性は何故声を上げて泣いたのでしょうか。
二人の援助が嬉しかったからかもしれません。
それだけでしょうか。
男として、50年、一生懸命働き続けた人間の思いとは。
私はその人の思いを推測することは失礼で、出来ません。
ただ私もその記事を見て、熱いものが込み上げてきました。
少し前のテレビで、北海道の年老いた女性を紹介していました。
国民年金のみで一人で生活をされており、生涯で蓄えた貯金も残り僅かとなっていました。
生活費の大半(全てかもしれません)は食費と部屋代、光熱費です。
食料品の買出しにも知恵をしぼり、食事は日持ちの良いものを造り、それを幾日も食べ続けておられました。
アナウンサーの女性が、
「おばあちゃん、何か不便なことはありませんか。」
と、尋ねると。
「孫に、何も買ってやれなくて・・・」
部屋は綺麗に整頓され、衣服も身奇麗にされていました。
苦しい生活の中でも、一生懸命頑張っておられることがよく分かりました。
最近、勝ち組、負け組という言葉を見かけます。
勝ち組、負け組とは、何を持ってそのように分けるのでしょう。
名誉を得た人、お金をたくさん持った人、得をした人。
およそそんな判断基準かな、と思います。
もちろん判断する人により、その判断基準は変わるでしょう。
私は50年、一生懸命働き続けたその男性、また北海道の女性。
そうした人達がもっと尊敬され、普通の生活が保障されるべきだと思います。
一流と言われる会社、信頼されるべき団体から、偽装、言い訳など。
そんな記事を多く見かけるこの頃ですが、真面目に、一生懸命がんばっている人達こそが評価される、そんな社会になるよう願わずにはいられません。