季節も秋を通り過ぎて晩秋または初冬のような寒さになってきました。
また、kazyuの体験していない季節になりました。kazyuは春と初夏しか知らないなあと、ちょっとせつなくなったり。
時折想像します。
この世界はたまたまkazyuが居なくなった世界だけど、ちょっとの選択ちがいでいる世界が薄い皮膜ごしに存在するんじゃないかなって。
洗濯物を干して、外気のさむさにくびをすくめる朝。
後ろの居間にいるkazyuの兄のpideの物音がきこえてくると、きゅうにkazyuもいっしょにいるようなきがしました。ベビーベッドでねかされていて、いまんとこ機嫌がいいかんじで足をばたばたさせてて。冷たい風がはいっていったから、泣いちゃうかも。はやくしめなきゃ。
目の前にありありと想像ができてしまうそんなときは、選択ちがいの世界が近づいているときなのかも。
中にはいることができなくても、見れたらいいのに。いや、見れたら余計つらいかな。たぶん、何も知らないで幸せにkazyuを抱っこできる自分がにくいかも(笑)
そういうときとかは声にだして
「kazyuももうちょっとおってくれたらよかったのにねえ。でもそんなこというてもしかたないよね。kazyuは精一杯頑張って3ヶ月ちかくおってくれたんやもんね。愚痴るよりお水かえてあげるほうがkazyuは喜ぶもんね」
と唱えるのです。
「そうやでー。いうてもしかたないことは言うたらだめやでー。お線香もあげよ?」
と答えてくれるkazyu兄に感謝。どんぐりを拾いにいけば、一番大きいのを備えてくれる。スーパーにいったら、まず花に目を止めてkazyuに買っていってあげようよというようになりました。
いてもいなくても、kazyuの兄でいてくれるんだなあと、pideはpideなりにkazyuの存在した意味を体現してくれてるんだなあと感謝しております。