鯱と少年
鯱のショーが好きな少年だった。
トレーナーの言うことを良くきいて
背中に乗って一緒に泳いだり、
笛の合図でジャンプしたりする姿に
将来はあなりたいと願っていた。
しかしお国の事情が変わった。
少年は両親と共に、
海の向こうにある外国に
逃げ出さなければならなくなった。
渡航許可が下りないので、
非合法の船に乗るしかなかった。
ただでさえ古びた貨物船は
制限人数の倍の人間を乗せ
喫水線と水面は、ほぼ同じ高さだった。
人がすし詰めに乗せられているせいで
汗臭かったし、息苦しかった。
小さな窓からかろうじて見える景色は
荒れた海と鈍色の空。
少年が波間に見える背ヒレに気が付いて
思わず身体を乗り出して叫んだ。
「あれ見て!シャチのヒレだよ!」
少年はそのまま海に落ちた。
巡視船を避けなければならないので
船は停まることができず、
他の大人も、自分の身の方が大切だった。
その先のことは、私は見ていない。
人が多すぎて動けなかったし
目をそむけたくなるようなことが起きて
頭から消し去ったのかもしれない。
鯱を好きだった少年は
鯱を手なずけて、きっとどこかの楽園で暮らしている。
私は叔父として
そう信じることにして、生きている。
トレーナーの言うことを良くきいて
背中に乗って一緒に泳いだり、
笛の合図でジャンプしたりする姿に
将来はあなりたいと願っていた。
しかしお国の事情が変わった。
少年は両親と共に、
海の向こうにある外国に
逃げ出さなければならなくなった。
渡航許可が下りないので、
非合法の船に乗るしかなかった。
ただでさえ古びた貨物船は
制限人数の倍の人間を乗せ
喫水線と水面は、ほぼ同じ高さだった。
人がすし詰めに乗せられているせいで
汗臭かったし、息苦しかった。
小さな窓からかろうじて見える景色は
荒れた海と鈍色の空。
少年が波間に見える背ヒレに気が付いて
思わず身体を乗り出して叫んだ。
「あれ見て!シャチのヒレだよ!」
少年はそのまま海に落ちた。
巡視船を避けなければならないので
船は停まることができず、
他の大人も、自分の身の方が大切だった。
その先のことは、私は見ていない。
人が多すぎて動けなかったし
目をそむけたくなるようなことが起きて
頭から消し去ったのかもしれない。
鯱を好きだった少年は
鯱を手なずけて、きっとどこかの楽園で暮らしている。
私は叔父として
そう信じることにして、生きている。

膃肭臍はエンターティナー
ボールをぽんとはじき返したら
みんなが拍手をしてくれた。
笑った顔を見せたら
みんなも笑ってくれた。
手をふって見せたら
みんなが「またね」と言ってくれた。
大勢の人を喜ばせたら
そのぶん、餌がもらえる。
自然に返せという者もいるが
鯱や白熊に襲われる心配もないし
自分で餌を獲らなくてもいいし
個人的には
やりがいのある仕事にありつけて
幸運と感じていた。
生きていくために嫌な仕事を
背負う者もいるし
仕事をしたくても、できない者もいる。
ただ、仕事をくれるニンゲンたちが
いなくなってしまった時
その気持ちは180°覆った。
鍵のかかった檻は壊せたが
外の世界で生きていく術が
自分の中から完全に失われていた。
餌の獲り方が分からない。
世話をしてくれたニンゲンは
浜に打ち込まれたおかしなドラム缶から出た煙を吸い
みな干からびて倒れている。
食べるものを探してどうにか生き延び
ほとぼりが冷めた頃
鉄の船に乗った大勢のニンゲンが
浜に上陸してきた。
みな鉄のカタマリを持っている。
本能で危険を察知し、森に隠れた。
本能を取り戻さねば。
新しい狩猟の方法を考えなくては。
この小さな小さな世界で、生き残るために。
みんなが拍手をしてくれた。
笑った顔を見せたら
みんなも笑ってくれた。
手をふって見せたら
みんなが「またね」と言ってくれた。
大勢の人を喜ばせたら
そのぶん、餌がもらえる。
自然に返せという者もいるが
鯱や白熊に襲われる心配もないし
自分で餌を獲らなくてもいいし
個人的には
やりがいのある仕事にありつけて
幸運と感じていた。
生きていくために嫌な仕事を
背負う者もいるし
仕事をしたくても、できない者もいる。
ただ、仕事をくれるニンゲンたちが
いなくなってしまった時
その気持ちは180°覆った。
鍵のかかった檻は壊せたが
外の世界で生きていく術が
自分の中から完全に失われていた。
餌の獲り方が分からない。
世話をしてくれたニンゲンは
浜に打ち込まれたおかしなドラム缶から出た煙を吸い
みな干からびて倒れている。
食べるものを探してどうにか生き延び
ほとぼりが冷めた頃
鉄の船に乗った大勢のニンゲンが
浜に上陸してきた。
みな鉄のカタマリを持っている。
本能で危険を察知し、森に隠れた。
本能を取り戻さねば。
新しい狩猟の方法を考えなくては。
この小さな小さな世界で、生き残るために。

怯弱な虎と罪の味
狐は弱いから
口先で相手を丸めこむ技術を
身に付けたんだろうね。
「おいらを食ったら、おいらのアニキが
黙っちゃいないよ」
アニキというのは、森で良く知られた
かなりヤバイ虎として有名なやつだ。
おれはためらった。
アニキの噂はきいているし、
アニキの仲間に手を出した奴が
八つ裂きにされてカラスの餌になった姿を
実際に見たことがあるからだ。
腹が減って視界がぼやけるほどだったが
アニキの手下を食ったら
残虐な仕返しが待っている。
でも、狐を問い詰めるうち
本当に手下かどうか、アヤシクなってきた。
「アニキの好物は何だ」
「そりゃあ…まるまる太ったウサギさ」
「おかしいな。おれは最近食ったニンゲンが
一番うまかったってきいたぞ」
「え? ああ、そうだったな。今思い出したよ」
その一言が、嘘の証拠に思えた。
今思い返すと、嘘と思いたかったのかもしれない。
おれは狐の喉笛に食らいつき
一撃で絶命させてから、食った。
ところが、狐の話は本当だった。
アニキはおれの寝床を襲撃し、おれは尻尾を
食いちぎられた。
痛みと恐怖で、おれは無我夢中だった。
たまたま振り下ろしたおれの爪がアニキの顔面をそぎ、
ひるんだところに、おれは噛みついた。
口のなかに広がるアニキの血は、
生温かくて、汗臭かった。
同族殺しは、どんな理由であれ、重罪。
罪の味というものを
おれはこの時、初めて知った。
口先で相手を丸めこむ技術を
身に付けたんだろうね。
「おいらを食ったら、おいらのアニキが
黙っちゃいないよ」
アニキというのは、森で良く知られた
かなりヤバイ虎として有名なやつだ。
おれはためらった。
アニキの噂はきいているし、
アニキの仲間に手を出した奴が
八つ裂きにされてカラスの餌になった姿を
実際に見たことがあるからだ。
腹が減って視界がぼやけるほどだったが
アニキの手下を食ったら
残虐な仕返しが待っている。
でも、狐を問い詰めるうち
本当に手下かどうか、アヤシクなってきた。
「アニキの好物は何だ」
「そりゃあ…まるまる太ったウサギさ」
「おかしいな。おれは最近食ったニンゲンが
一番うまかったってきいたぞ」
「え? ああ、そうだったな。今思い出したよ」
その一言が、嘘の証拠に思えた。
今思い返すと、嘘と思いたかったのかもしれない。
おれは狐の喉笛に食らいつき
一撃で絶命させてから、食った。
ところが、狐の話は本当だった。
アニキはおれの寝床を襲撃し、おれは尻尾を
食いちぎられた。
痛みと恐怖で、おれは無我夢中だった。
たまたま振り下ろしたおれの爪がアニキの顔面をそぎ、
ひるんだところに、おれは噛みついた。
口のなかに広がるアニキの血は、
生温かくて、汗臭かった。
同族殺しは、どんな理由であれ、重罪。
罪の味というものを
おれはこの時、初めて知った。
