旦那と新居に引っ越す際、引っ越し先の物件を下見したいと義父が言いだした。

行っても何も搬入されていないため、特に問題もないと考え義父の同行を快諾した。


ところが、部屋に入った途端義父は



「この部屋は寝室として使いましょう!ベッドはそうですね、こちらに頭を向け、ここに読書用のテーブルライトを置いて…カーテンはこんな色がいいですね!おっさん



貴方が住むのではありません、義父よ。


その後も義父の暴走は止まらず、案内をして下さった不動産会社の方を馴れ馴れしく下の名前で呼び出した。

その方は各々の最寄り駅まで我々と義父を送って下さると申し出て下さったのだが、義父は結局自宅まで送れと強要したらしい。


自宅までの20分間、彼女の時間を泥棒をしたであろう義父。


○○不動産の方、申し訳ございませんでした!!ガーン

義父は非常に勉強家である。その知識のソースはほぼ日経新聞からであるが、退職をしてもずっと知識を更新し続ける姿勢には頭が下がる。


そんな勉強家である義父だが、同時に異様な負けず嫌いでもある。


ある日の事、義父は知人とNintendo DSの教育現場での実験効果について話していた。


嬉しそうに小学校で漢字テストの平均点が上がったという結果について述べる義父。それに対してその実験は5年ほど前から始まっており、具体的には○○や○○のような分野でも実験が行われていると返す知人。



そのとたん、



「あぁ、そうですか!おっさん



と会話を打ち切り、その後、知人が辞した際に「生意気な…」と呟いた義父。



これを耳にして、義父を非常に気の毒に思ってしまったのは言うまでもない。

義父は日々を目標を持って生きる人である。


目標を持ちつつ日々を生きるということは、なかなか実現できる事ではなく、そういう点で義父は素晴らしい。


だが、自らが設定した目標を他の人にも強いてしまうため、非常に厄介な人物でもある。



例えば、家族の食事会にしても



「本日は○○の祝いのための日」であり、他の人が祝いをダシにわいわいと騒いでいると「君たちは意識を持って行動を実施しないのですね」となってしまう。



そんな義父は前述の通り、日本・アメリカ・フランスで学歴を重ねているインテリ。

我々が結婚前の一カ月間、同棲することが決まった際もまず、我々の結婚に対する目標、心構えを確認せねばと思い立ったようで、食事の席で



「良いですか、君たち。同棲とはフランス語で "Cohabitation"、"Co"とは共に、"Habitation"とは暮らすという意味で…おっさん



父として、息子夫婦二人に訴えたかったのであろう。だが、結論から入れず、冒頭に強烈な導入を持ってきてしまったため、結局若者二人の頭には違うインパクトだけが残ったのであった。


目標や意識を物事に持ち暮らすのは素晴らしい事であるが、その一方で伝え方を失敗すると何もかもが台無しである。