死ぬつもりなのに就活?
という声が聞こえてきそうだが…。
しかし私は別に、ヤケになっているワケではない。
死にたい訳でもない。
先日、「他の方法」があると書いた通り、希望は極めて少ないにしても、一応方法はあるのだ。
万が一にもそうなった場合は、死ぬ方向ではなく、生きる方向での話になる。
そうすると生きていく訳なので、当然働かなければならない。
逆に、まともな働き口がなければ、この方法も話にならない。
従って、やるだけやってみても働き口が見つからなければ、それこそ死しか道がないという事になる。
逆に、非常によい働き口が見つかった場合は、自死ではなく生きる道を、何とか模索していかなければならない。
ある意味運試しの要素もあるが、働き口が見つかってしまった方が、私や家族にとってはイバラの道となるかもしれない。
しかし、ギリギリまで往生際悪く、精一杯あがくつもりでいる。
いや、そうしなければならない。
まあ死ぬと決めたなら、せめてそれまでの間は気楽に過ごしていたいが…そうもいかない。
選ばなければ仕事なんてあるだろうと思われそうだが、私はそれなりの歳なので、選ばなくても門戸自体が狭い。
また、ある程度は定期的に返済をしつつ生活していかなければならないので、コンビニのバイトというわけにもいかない。
面接までもいけない会社がほとんどの中、何社かは面接まで辿り着いている。好感触の会社もないこともないが、どれもすぐには決まらなそうだ。
ふと日常の中で、この最悪な状況を忘れてしまいがちになる。
私は、ただ仕事がみつからないだけの中年…ではないのだった。
いくつかの絶望的な要素は、何一つ好転されていなかった。
それに改めて気づき、また落ち込む。
そして、やはり死しかないのかと…。
絶望的な中の、ほんの小さな光…抜け道を必死で探っている。
今はそんな状況である。
いや…その抜け道を一つずつ、潰していっていると言った方が、今の私には近いのかもしれないな。