





あの 「雪女」や「耳なし芳一」 で知られる
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が、明治23年 初めて日本を訪れた際 「極東の第一日」に・・・
「一般人が着ている着物地は"紺色"が大部分を占めているが、その"紺色"がまた、町家、のれん の色をも支配している。」 と、その第一印象を記したそうです。
そして異国の人々は、この"紺色"のことを
Japan Blue(ジャパンブルー)と呼んだそうです。
どこを眺めても藍の文化 溢れるじゃぱん国だったのでしょう。
ISCC-NBS No,183 dark Blue(暗い青)





マンセル記号 9B-7PB 3以下/2-7
また、ISCC-NBS 色名辞典 でこの No,183 の色にはNIPPON / NIKKO という名も表記されています。
NIPPON(日本)は言うまでもない国名そのもの
NIKKO(日光) は国を統一した徳川家康墓陵の地名
こんなキーワードといえる語がこの"紺色"の名に引用されているのですから、改めて 私たちの国に
藍の文化がどれほど浸透しているものか実感させられます。
歌川広重作
神田紺屋町・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そう、世界に名高い 浮世絵師 広重、北斎 らも…

![hiroshige179_main[1]_convert_20131128140200](https://stat.ameba.jp/user_images/20150619/14/ezoris3/cb/94/j/o0200030713341681922.jpg?caw=800)
![118856445505316309517[1]_convert_20131103002009](https://stat.ameba.jp/user_images/20150619/14/ezoris3/fe/26/j/o0400026513341681923.jpg?caw=800)
鮮明なブルーを 効果的・印象的 に使用したため
欧米の浮世絵コレクターたちが Hiroshige Blue また Hokusai Blue と呼んで絶賛したそうです。
が、しかし・・・
どうやらこの顔料は藍ではなくて、もとは西洋から輸入した
プルシャンブルーだったそうで、日本では当時この絵具のことを"べろ藍"とか"べろりん"など呼んでいたそうな。。。
なので
Hiroshige Blue も Hokusai Blue も
プルシャンブルーに日本人絵師 北斎・広重 の名を付けて
逆輸入されたというなんとも光栄 な色名だったのです。
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ちなみに現在のジャパンブルーといえば
サッカー日本代表選手のユニフォームのことだったり、
、、
![914[1]_convert_20131130170205](https://stat.ameba.jp/user_images/20150619/14/ezoris3/0d/d7/j/o0200016513341681935.jpg?caw=800)
はたまた、小さくてお洒落な海老 のことだったり(笑)まさに色々ですが。。。。。
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P,S そして余談でございます。。。。。
先日、ブラっと箱根へ行くとこんな風景が広がっており・・・

紅葉が始まり、夕陽を浴びる時間帯もあり、
山肌が赤~黄~緑~青の色彩に揺らめいておりました。

UPにすると常緑樹がユニークにポコポコと散らばっていて
なんとなく・・・・・
広重の「箱根」にそっくり!!と思ってしまいました(笑)

というわけで、今回も長くなりました。
もしかして「ジャパンブルー」から
サッカーの話題を期待された方はごめんなさいね(-ω-)ノ
by etokichi