「幼稚舎から大学まで慶應だとトータルで2,500万掛かる。コスパが悪い。ずっと公立で大学で慶應って不可能ではないし、その方がずっとコスパがいい」

といった内容のポストをTwitter(Xか)で見た。

 それに対して反対やら賛成やら、はたまた意味不明なコメントやら色々ついていた。

 

 これってどういう視点で見るかで答えが変わる。

 「慶應大学卒業」という肩書だけで考えるなら、確かに幼稚舎から入る必要はなかろう。

 恐らく大学から入るのが一番簡単だし楽だ。

 

 けれど、幼稚舎から慶應にいくメリットは慶應大学卒という学歴ではない。そう考えている時点で幼稚舎というものを全く分かっていない。

 幼稚舎から慶應に行くメリットは幼稚舎そのものなのだから。膨大な人脈も含む幼稚舎という環境なのだから。幼稚舎からの十六年間なのだから。

 もちろん幼稚舎が絶対的にどの子どもにとってもよい学校だとは言わない。

 いじめから不登校になった子も知っているし、どうしても本人が馴染めず中学から外に出た子も知っている。

 6年間クラス替えなし、担任替えもなしというのもメリットであり、デメリットでもある。

 

 ちなみに私自身はあまり慶應は好きではない、というより福澤諭吉が好きではない。だから『福翁自伝』を読んで、それについて願書に書いたり面接で話したりはどうしてもできない。我が子たちが「福澤諭吉ここにあり」を歌うのもあまり好ましく思えない。故に幼稚舎に入れたいと考えたことはない。

 

 それから2,500万円という金額について。ポストした方は2,500万円で済むと本当に思っているのだろうか。

 そんなはずがなかろう。

 計算していないのではっきりとは言えないが、2,500万円は単純に学費や入学金の合計だよね?

 制服、宿泊行事、部活にかかる費用のはもちろんのこと、お友だちとのお出かけ、お友だちとのパーティ、家族ぐるみでのお食事や旅行、そういった諸々のお付き合いを計算に入れてはいないだろう。そちらの方が額が大きいというのに。

 

 そう言えば、元夫もコストパフォーマンスのことばかりだった。

 「公立小中高(区立だけでなく都立や国立含む)を経て国立大学へ、それが一番コスパがいいし、それで十分だ。人脈なんて大学でいくらでも作れる」

 よくそう言っていた。

 自分自身は祖父の代からの人脈にあやかっていたというのにね。

 結果的には転居のため入学はしなかったが、合格をいただいていた私立小学校(幼稚舎ではない)だってそうだ。

 もちろん入学試験に合格はしているのだが、コネクションと全く無関係とは言えない(と思う)。なにせ従兄弟姉妹たちは皆その小学校に入学しているのだ。

 

 自分自身が持つものを、なぜ自分の子には持たせようとしないのかが本当に分からなかった。

 第一教育ってコストパフォーマンスで測れるものなのだろうか?

 よりよい環境を子どもに与えたいとは思わないものなのだろうか?

 

 まあ、今さらどうでもよいのだけれど。

 

 そうそう、幼稚舎を幼稚園と勘違いしている人も未だにずいぶんいるのだね。

 Xの書き込みでもそうだが、以前、漫画にもドラマにもあったし、アメブロにもあった。

 なんだかなあ。

 

 「幼稚舎」という表現も幼稚舎が身近である人間は使っていない。

 少なくとも私も周りではそうだった。なぜだかみな、地名で呼んでいるのよ。


 二分咲きくらい?