もう五年近く前のことだが、娘と鞍馬寺に行った。

 叡山電車で鞍馬駅で降りて、鞍馬山へ。

 九十九折参道を上ってお詣りをし、さらに奥の院から貴船神社まで歩いた。

 

 その日はあいにく雨が降ったり止んだり。

 叡山電車もあまり混んでおらず、鞍馬駅で降りたのは、私たちともう一組だけだった。

 

 久しぶりに訪れた鞍馬山は、やはり静謐で人の小ささを感じさせる。

 奥の院などは天気のせいもあり、少し怖いくらいだった。

 木々と草と岩と、自分…

 電車が通っていたり、バスが通る大きな道路があったり、そんな人間の営みがすぐ近くにあるとは思えないほどの、自然の気配、静けさ。

 

 同じ電車に乗って鞍馬駅で一緒に降りたもう一組は、父親らしき30代らしい男性と、8歳くらいに見える黄色のレインコートの男の子の二人連れだった。

「お父さんと二人で、鞍馬か。地元の子かな」

と思ったから、よく覚えている。

 

 この父子とは歩くペースが同じくらい、また、取ったルートが同じだったようだ。お互いに前になったり後になったりしたが、山を上り、お詣りをする間、所々で見掛けた。

 そして貴船まで下り、貴船神社のすぐ近く、バスも通る道路まで出たとき、少し立ち止まっていた私たちを、追い抜いて行った。

 

 「ねえ、お母さん、お兄ちゃんの方、どこに行ったんだろう?先に行っちゃったの?」

と娘が言う。

 「お兄ちゃん?」

 「うん。電車一緒だった人だよね。駅の天狗のところで写真を取っていたとき、抜かしていった。その後も、何度か会った人。」

 「そうだね。」

 「もう一人男の子、いたじゃない?もう少し大きい、小学校5、6年生くらいの子。青いレインコート来ていたでしょう。」

 「え…?いないよ。最初からお父さんとあの子の二人連れだったよ。青いレインコートの子は一度も見ていないよ。」

 「…」

 

 娘には父親と男の子二人の三人連れに見えていたのだ。

 「そうか…久しぶりに見ちゃったんだ。」

 「そういう事みたい。お母さんには見えなかったもの。」

 

 小学校に入学する頃までは、息子同様、見えないものを見ていた娘だった。

 私も昔はそうだったように。

 

 「あの子のお兄ちゃんかなあ。」

 「そうかもしれないね。一緒に行こうって約束していたのかもね。」

 

 まさか

 「もう一人男の子、一緒でしたよね?」

なんて、見ず知らずの人に聞けない。

 

 本当のところは分からない。

 見間違いかもしれないし、何かが一緒にいたのかもしれない。

 お兄ちゃんかもしれないし、全然関係のない子どもなのかもしれない。

 

 幽霊がいる、と言い切る事は出来ない。

 見た、と断言もできない。

 

 けれど、それが魂なのか、思念の残像なのか、何か別の存在なのか、そういう事は分からないけれど、人の世の理を超えたものは確かに存在すると私は思う。