美容院での出来事が、最初の大きな「?」だとしたら、2番目の大きな「?」は義弟の結婚式の時のことだ。

 

 義弟は私より年齢は一つ下、地方の国立大学医学部に進学していたのだが、卒業後はその大学の医局に残った。

 お嫁さんになった人は、出身は九州だった。

彼女は義弟とは違う大学、その土地の私立医大に通っていたが、卒業後はやはり実家には戻らず、その私大の系列の病院に務めていた。

 

 という訳で、二人の結婚式は、二人が出会ったその都市で挙げられることになった。

 義弟のことは彼が予備校生だった時代から知っていたこと、義父母の希望もあり、夫婦で生まれて半年の娘を連れて参列することにした。

 

 式も披露宴も、こじんまりとして温かでよいものだった。

娘も特にぐずることもなく、終始ご機嫌であったから、それほど大変ではなかった。

 

 事件が起きたのはその夜のことである。

私たちは、市内のビジネスホテルを予約していた。

某有名チェーンのホテルであり、ビジネスホテルなのに最上階に大浴場がある、というのが売りのホテルだ。

 

 娘の授乳を終え寝かしつけた私は、彼に娘を託しその大浴場に向かった。

なんとなく話が見えてきたのではないかと思う。

 

 そう、私が入浴している間に、娘が目を覚ましたのだ。

そんのこととはつゆ知らず、私は、久しぶりに大きなお風呂に、また自分ひとりでゆっくり浸かれる喜びに浸っていた。

 

 赤ちゃんと一緒の入浴は慌ただしい。

 普段は髪の毛をきれいにゆすぐのも大変、湯船にゆっくり浸かるなんてほぼ不可能である。

娘を誰かに預けて、時間を気にせずお風呂に入れるなんて、まるで夢のようだ。

 

 かなりリフレッシュして部屋に戻ると…

娘はベッドの上で大泣き、夫は怒り狂っている。

 

 「なんでそんなに時間かかるんだよ。起きて泣いてるからうるさいんだよ、隣に文句言われたらどうしてくれるんだよ。」

と一気に捲し立てられた。

 

 娘を抱き上げ、しばらく背中をトントンとしていると、また寝始めた。

「眠いのに目が覚めたからぐずっちゃったんじゃない?よくあることだよ。」

と言うと

「そういうことじゃない。隣にマナーのなっていない人間だと思われるだろう。」

と言う。

「そんなこと言っても、お風呂にいたんだから仕方がないでしょう。あなた一緒にいたんだから、抱っこしてあげたらよかったのに。」

「こっちは努力したんだよ。抱いても泣き止まなかったから言ってるんだ。自分が悪かったってどうして認めないんだよ。」

「虐待しているとでも思われたら、どう責任取るつもりだよ。」

と、ますます興奮する。

 

 大浴場にいて、どうして娘が泣いているに気付けるというのだ。

 それに、ゆっくりしていたと言ったって、一時間もいた訳ではない。

赤ちゃんを置いて行っているのだから、40分ほどのことだ。

 

 「泣き止むまで抱っこしよう。」

 「一緒にいるのは自分なのだから、自分でなんとかしよう。」

どうして、そう思えないんだ?

 

 隣のお部屋の人には申し訳なかったと思う。

赤ちゃんの泣き声は結構響くものだ。

 

 それにしてもなんなんだ。

彼が心配しているのは泣き続ける娘ではない。

「隣になんと思われるか。」

「まわりに虐待していると思われないか。」

外面だけだ。

 

 「大きい声を出しているとまた起きちゃうよ、もう寝ようよ。」

と言うと

「謝る気はない訳?」

と言う。

 

 ふざけないでもらいたい。

 どうして私が謝らなくてはならないの。

お風呂に入っている時間でさえ娘の相手を出来ない自分を反省するべきでしょう。

 

 「謝る必要性を感じません。」

そう答えて、あとは無視した。

 

 これが、別れることを本気で考えた初めての瞬間だった。