何年前のことだっただろう。

 朝日歌壇で見かけ、心に残って、ずっと記憶している歌がある。

 引用させて頂く。

 

「肉体も心も言葉もかよわない男の姓で呼ばるる今日も」

 

「ああ、私だ」と思った。

「同じようなことを感じていて、それでも、毎日、妻として生きている人がいる」と。

 作者の名前は失念してしまった。

 ずっと私を支えてくれていた、見知らぬあなた、今、あなたが幸せでありますように。

 

 

 離婚届を出す前に、しなくてはならないこと。

 全部済ませたと思う。

 初めてだから、本当は何をしなくてはいけないのか、分かっている訳ではないのだけれど。

 

 離婚は結婚の何倍ものエネルギーがいると言う。確かに疲れた。

 それでも、相手をなじり合って、争って、ドロドロしての離婚でなかった分、ましなのだろう。

 そして、全く口をきかない相手にご飯を作り、洋服を洗濯し、部屋を掃除し続けた日々に比べれば、ずっと心穏やかでいられる。

 

 公証人役場に二人で行った日に、預かっていた離婚届を彼に渡した。区役所に出しに行くのは彼だ。

 

 「もとの氏に戻る」のは私。

 幼い頃から馴染んでいた姓に戻る。

 今は、元夫の姓を名乗り続けることを選択する女性も多いらしい。

 確かに、姓名変更の手続きは面倒だ。住所変更だけするよりずっと手間がかかる上に、苗字を変えてしまうと、ありとあらゆるものの変更手続きをしなくてはならない。

 

 私は特別結婚前の姓に愛着があった訳ではない。何故ならそれは、あくまでも父の家の姓だから。けれど、幼い頃から呼ばれていた姓であり、ずっと仕事で使っていた姓だ。やはり落ち着く。

 それよりも何よりも、彼の姓でいたくない。愛着はない。全く、全然ない。むしろ、憎しみすら覚える。

 ずっと以前から、心も身体も言葉も、通わなくなったひとの姓で呼ばれ続けることへの違和感。その違和感と、とうとう別れられる。

 

 「もとの戸籍に戻る」ではなく「新しい戸籍を作る」を選んだ。

 本籍地は子どもたちと新しい生活を始める住所にした。

 今度は「世帯主」になる。

 子どもたちを守って、支え合って生きていく。

 

 

 離婚届を見て、突然、思い出した。

 実はそれを見るのも記入するのも、初めてではなかった。

 ついでに、突然に身勝手な話を切り出されるのも、なんと、初めてではなかった。

 そう、結婚してから、半年は経っていなかったと思う。この時こそまさに「青天の霹靂」だった。

 

 この話はいずれまた、書きたい。

 

 

 子どもたちが

「どうして梅酒ばっかりなの?」

と言うので、梅シロップも作った。

 梅酒の半量でごめん。