究極の選択 | Eye of the God ~神の眼~

Eye of the God ~神の眼~

現代における預言の言葉。黙示。
現代の常識、価値観では幸せになれない人たちへ。
新時代に合うものの考え方を紹介していきます。
あまりにも常識と違うので、戸惑われることでしょう。
でも、キリストはかつてこう言いました。
『耳のあるものは聞くがよい』。

 若者の恋愛離れに関して、『お金がない(相手女性よりも低収入)』『仕事がない』『出会いがない』といった理由がすぐ思いつかれるが、ある見方によると「女性に交際目的で近づくことがリスキーな世の中になった」ことを指摘するネット記事があった。
 日本は、世界の中で特に女性が「受け身的」なことで知られる。恋愛関係の開始においては男性側からの最初のアプローチである「告白」というものを待つ傾向にある。もちろん全部が全部そうなのではないが、最初のきっかけをつくるのは男性側の役割、という雰囲気が出来上がってしまってるのである。


 昔なら男性がアタックしてフラれても、多少は傷付くが「よぅし明日があるさ! またガンバロー」と前向きになれたのであるが、今は失敗した時にタダではすまない可能性がある。受け入れらえる男性からのアプローチは喜ばれるが、そうでない場合「キモい」「ウザい」と思われるだけではすまず、女性へのお近づきの行為はヘタをしたらハラスメントとして糾弾される。大げさになれば性加害とさえされる。そうしたら何らかの法的ペナルティさえ生じかねない。
 そうした事情のゆえに、男性主導で相手のパーソナルスペースに侵入するという以外のカップル成立の道筋がないというのに、それをすることでただ嫌われるだけで終わらず面倒な問題に発展するリスクをしょってまで恋愛する気にならなくなる。
 ただでさえ今の時代、二次(アニメやゲームなどの美少女キャラ)関係が充実している中、そちらは絶対に訴えられないしこちらの願う通りの反応もしてくれるし、どれだけ妄想しても怒られない。そりゃあ、ソシャゲーで美少女育成キャラに入れ込む方が断然いい、ということになりかねない。その方面でいくら性欲を発散させていただいても、日本に子どもは生まれない。


 この記事の筆者は、若者の恋愛離れは経済的なことや生き方や趣味の多様化ばかりが注目されるが、こうしたリスクをしょってまで結婚にたどり着こうとまでは踏ん張れないという点にも注目すべきだと指摘している。そして、記事の最後を意味深な警告文のような言葉でしめている。


●「不道徳な存続」か「倫理的な滅亡」か


 人間は動物と違って知性がある、とか精神性とか魂とか。
 理性が、倫理が、道徳がー
 それが正しいと決め、それに従うことで少子化・生物のクセに交尾の機会が一部の勝ち組人間にしかない(しかも避妊せず生んで育てるまで行くのはさらに少ない)異常な生物となった。
 筆者は以前、ふたりの女性を妻としている人と知り合った。もちろん法的には認められていないので、法律上の奥さんは片方である。しかしその3人で合意の上で夫婦生活をしていて、それぞれの奥さんの間に子どももいるように聞いている。一夫一妻制はこの上ない完璧な制度ではなく、さらに置き換わるべき過渡期の制度と私は考える。一夫一妻制がダメだというのではなく、それが合わない人種の救済を考えてもいいのではないかと思うだけだ。ちなみに私は、今の奥さんと一夫一妻制でいい。
 この方には、世間からは一定の非難の声が上がっていたが、逆に擁護する向きも多い。筆者はどちらかというと、「いいんじゃないの当人たちがよければ」と思うほうである。とにかく、今の男女関係や性的な分野に蔓延する「絶対に過ちがあってはいけない」風に無菌室を目指すかのような潔癖さのほうが大問題だ。


 もちろん、痴漢はよくない。性欲を押さえきれず無差別に襲うのもよくない。
 しかし、もうちょっと男女間のバリアーというか、おかしな倫理観に縛られた防御オーラをもう少し解いてもいいのではないかとは思う。男女双方が、一方的な感情を相手に向けそれがぶつかるのではなく、生物的に本来はもう少し安易に「体が惹かれ合ってもかまわない」のだから、許容範囲を少し広げられるようになってほしい。秩序崩壊しない程度に、もうちょっと人類は性への意識を自由な方向に開放してもいいのではないかと思う。
 少子化を憂えるなら、そもそも物理的に「子を産む状況の成立までがタイヘンすぎてみな挑まなくなっている」ことを本気で何とかすべきだ。まさに「不道徳な存続」か「倫理的な滅亡」かを迫られているのである。