2015年、年末。
この時が一番つらかったかもしれない。
耳鳴りが続いて、眠れないといって仕事を突然辞めた夫。
子育て最中の手に職もない専業主婦だった私は、もうフルタイムの仕事ならなんでもいいとばかりに、
クリスマスの夜も、花火のうち上がる年始も、履歴書を送り続けた。でも返事が来なかったり、ごめんなさいだったり![]()
人生、そして海外での生活を甘く見すぎていた自分にも後悔。
「何か」が起きた時、私の力だけでは生きていくことができない。
なぜ、「もしも…」のことを考えていなかったのか。恋は盲目だったのだろうか…![]()
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この頃はBrexitの前で、EU圏内の人たちのイギリスへのアクセスは簡単だったし、
なにより景気が低迷していて、スペインやイタリアの自国で職にありつけない大卒が、比較的仕事があるイギリスに流れ込み、通っていた英語学校にもたくさんいた。![]()
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もう子供連れて、日本に帰ってしまおうか…、とも思った。
(ハーグ条約でそれは無理だけど)
でも日本に帰って、何するの?実家に居候?
普段は私に口出ししない父が、母経由で
「大学には言っといたほうがいい」
と言ってくれたのに、専門学校を選んだ私。簡単なほうへ流れていった結果が、現状に流れ着いただけだったかもしれない。
近所のスタバでパートとしての職はもらったものの、大人二人、子一人をパート代で賄えるわけなどなく~![]()
最後は、日本語のカスタマーサポートに落ち着いた。
贅沢なことなど何もできなかったけど、北アイルランドの物価の安さが幸いしてか、衣食住には困らず生きていくことができた、2016年夏。