つづきです。
地上の方角:東西南北は、地球の自転にもとづく。
太陽は東から昇る、という事実は、あまりにも常識すぎて、それについて説明するのは逆に困難だが。あえて言うなら、太陽が昇ってくる方位・方角を、「東」と命名した、ということだ。
同じ理屈を、こんどは公転について考えてみる。
地球は、太陽のまわりを、まわっている。その周期は、1年で1周。
そのおかげで、地上には季節、すなわち春夏秋冬が生じるのだが。その一方で、やはり、地上にいる身では、地球自身が「動いている」ことなど知覚できるはずもなく。
地上からは、太陽が地球のまわりをまわっているように見えるのだ。
1年間に1周のペースで。 どこを? 宇宙空間を。
地球から見た太陽が、宇宙空間の「どこに」いるかによって、地上には、季節が生じる。すなわち、春夏秋冬。
「太陽は、東から昇り、南の頂点をきわめたあと、西へと沈む。」
この、日々の営みが、すこしずつ、変化してゆく。日の出から日没までの所要時間もそうだし、軌道を描く位置も、そうだ。延びてゆく時期と、縮んでゆく時期。この、くりかえしは、1年で1周していることが理解され、それについての主要点である、春分、夏至、秋分、冬至という概念も生じた。
春分、夏至、秋分、冬至。
これら主要な4点を含む、「太陽が描く軌道」というものがあって。
ある意味では、まわっているのは、あくまで地球であって、太陽自身は微動だにしていないのだから、この「太陽が描く軌道」というのは、ただの架空の、想像上の存在にすぎない。
しかし、その「架空の軌道」が、実際に地上に影響を及ぼしているのであり、したがって、それは架空ではありながらも、正確に理解され把握される必要が生じる。
そんな、「架空の軌道を、実在であるかのように、正確に把握する」というニーズに応えるべく、なんと、軌道を細分化し、それぞれの領域に名前をつける、という、じつに大胆なことが、実際に行われることになった。
12星座とは、じつは、それなのだ。
地球から見える太陽が、宇宙空間の、
ある「特定の位置」にあるときに、春になる。
別の「特定の位置」にあるときに、夏になる。
別の「特定の位置」にあるときに、秋になる。
別の「特定の位置」にあるときに、冬になる。
専門用語を使えば、春分点、夏至点、秋分点、冬至点。
これで、天の方位:全360度のうち、特別な4箇所には名前がついた。だが、これだけでは足りない。
春分・夏至・秋分・冬至のような特別さをまったく持たない、ごくふつうの平凡な位置に対しても、その位置を正確に指し示せるような尺度はないものか―――。
この問題について考えるとき。
まず、太陽系においては、太陽のまわりを、惑星たちが、まわっている。
そうして、その太陽系をとりかこむようにして12星座が存在しており、星座同士の位置関係は、永久に変わることがない。
ちょうど、時計盤において、長針や短針や秒針は休むことなく動き続けるのに対して、背後にある文字盤は動かないのと同じように。
そういうわけなので。
「動きつづける」太陽の、正確な位置を把握するための尺度として、「動かざる」星座が使われることになったのだ。
おわかりだろうか?
占星術における星座というのは、このように、太陽(や月や惑星たち)の背後、背景にある存在として登場してくる。
まさしく、時計における、文字盤のように。
つまり、太陽がおひつじ座にある、とは。
もっとも単純化して言えば。
太陽がある。その、もっとむこうには、おひつじ座がある。
という意味なのだ。
ちょうど、「時計の短針が、いま、12時の位置にある」のと同じように、「いま、太陽は、おひつじ座にある」―――。
つづきます。
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