ほかの術師/論者が手をつけていないテーマを発掘したので、興奮している。
通常の占星術で使うものとは別種の、歳差運動を基準にした見方では、現在はまさに「みずがめ座の時代」が始まった時点であり、厳密な開始時点は特定できないものの、その長さは、2160年もある。ここまでは前コラムで紹介した。
ところで、この「みずがめ座の時代」というときのみずがめ座は、通常の占星術での12サインとは逆方向に進行するので、「みずがめ座の時代」のまえは、「うお座の時代」だったのだ。(やぎ座ではなく。)
そうして、「みずがめ座の時代」は、2160年もあるのだから、それは、みずがめ座の領域:全30度ぶんを、2160年あっけて歳差運動が進行する、という意味でもある。
30度進行するのに2160年かかるのだから、1度あたり 72年。
「みずがめ座の時代」が始まってから、どう考えても、まだ72年も経っていないので、すると、「みずがめ座の時代」のさいしょの1度に、いま、わたしたちは、いる。ということが特定できる。
そしたら、サビアンが適用できるじゃないか!
つまり―――。
いま、わたしたちは、「みずがめ座の時代」の入口にいる。
もっと正確に表現すれば、
みずがめ座:第30度『アーダスの咲いている野原』の時代に、わたしたちは、いるのだ。
『アーダスの咲いている野原』を、わかりやすく言い換えると、天国の御花畑、三途の川の向こう側にある世界、亡くなる直前に見ると言われる、人生の走馬灯…。
かならずしも、亡くなることと死ぬことを意味するわけではなく、完成する、完結する、達観する、これで良かったのだと理解する、など。
そもそも社会的自己表現は、やぎ座までで完結していて、みずがめ座というのは、言ってみれば「山羊座の山を降りてくる」サインであり、みずがめ座の最終度数(『アーダスの咲いている野原』)は、人間としての、完成、完結 という意味。
そのような意味を持つ「時代」に、いま、わたしたちは、いるわけですね。
(※ちなみに、その次にくる、うお座は、人間であること自体をやめていくサインであり、死後、すぐに転生して生まれ変わりたい人には、うお座は、必要のない星座です。)
さて。
「みずがめ座の時代」だからIT全盛、と前コラムで考察したのにつづいて。
今回は『みずがめ座第30度:アーダスの咲いている野原』の時代、ということについて、考えてみます。
すると、意外とまともな答えが、出てしまうのです。
まず。「みずがめ座の時代」というコンセプトじだいが、占星術家たちではなく、精神世界、スピリチュアルな世界で語られていたものでした。
「これからは、みずがめ座の時代だから―――」ということで語られている理念は、みずがめ座の意義とそれほど大きくズレていはいないものの、逆に言って、「いままでは、うお座の時代だったから―――」といって挙げられている悪しきうお座の特徴は、どれも、ことごとく、やぎ座の特性であり(二元性、物質性、ピラミッド型組織 など。) ようするに、ディープなスピリチュアルな世界には、占星術師は、ひとりもいなかったのだ、ということが、よくわかります。笑
で、そんなディープ・スピリチュアルの人々が、「みずがめ座の時代」と時期を同じくして唱えていたのが、「人類はアセンションする」という話で、アセンションを日本語にすれば、次元上昇、昇天、なのだから、まさしく、『アーダスの咲いている野原』そのものではないですか!
なので、もともとは一部の特殊な人たちだけが唱えていた『人類は次元上昇する』という話が、72年かけて、ほんとうに進行していく可能性は、あります。
そうして、それは、その次の72年、
『みずがめ座第29度:さなぎから出てくる蝶』の時代において、完成するのです。
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