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teruちゃん見聞記

「偉大なもの」のために「良いもの」を諦めることを恐れてはいけない。

18日と19日と連夜の作業あせる



8月21日の日曜日、田村市で行われる恒例の灯籠流しの灯籠作成ですビックリマーク



といっても今年はいつもと違うのです。



毎年、田村JCでは2週間かけ大型の灯籠を作ってました。


ちなみに去年はこんな感じ・・

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子供ウケを狙いモンスターズインク。



が、今年は放射能の影響(川に入らなくていけないから)で大型の灯籠部門がなくなる・・と聞いていたので(結局、主催者側はやるようですが・・)、今年は小型の灯籠に子供たちに絵を描いてもらって
流そうということになり、その灯籠の骨組みを作るなどの準備をしておりました( ̄ー ̄)


が、木で枠を作るわけですが、それには大工さんが使用する道具を使わなくては叫び


こうみえて、わたくし・・仕事上、金属はトランスフォーマーのごとく簡単に扱えますが、木は扱いがありませんダウン

ビクビク(((( ;°Д°))))


慣れない道具と戦いながら、作業にはげむteruでしたニコニコ



当日、晴れますように晴れ
「是非に及ばず」



戦国武将として知られる織田信長が、


本能寺にて森蘭丸の「明智が者と見え申し候」に対して答えた言葉とされています。



この間、先輩方と熱く語っていたのを思い出しました。



ここ数年、戦国ブーム到来のteruとしては、

気になり、いろいろ調べてみましたが、

皆さんもご存じ、本能寺の変には多くの謎が隠されています。



この「是非に及ばず」という言葉の意味もいろいろな仮説があるんですね~



まず、普通に日本語の意味としては

「良し悪しを言っても意味がない(実力でいくしかないだろ)」

みたいな意味だそうです。

どんな想いで信長は言ったのでしょうか?



では、有力な説をいくつか。。



1.どうしようもないと諦めた。

信長の死生観を考えると、この時点で諦め、死を覚悟したのであれば弓や鎗を持たず、すぐに女性陣を逃がし、火を放ち、切腹したはずです。また数少ない情報だけで死を覚悟するはずがない。
だから「是非に及ばず」は“どうしようもない”といった諦めの言葉とはとれないのではないか。



2.この時、いろいろな情報が錯綜し蘭丸が言ったことに信ぴょう性がなかった。

蘭丸の「明智が者と見え申し侯」この言葉。明智光秀そのものを指すのか、または光秀配下の誰かを指すのか…。恐らく信長もこの言葉を確かな情報としてはとらえていなかった。首謀者が光秀であると断定していなかった。
従って「是非に及ばず」は三河物語で言われるような“光秀ならやむを得ない”といった意味合いにはとれないのではないか。



3.敵が迫り、もう議論する状況じゃなかった。

情報がほとんどなく首謀者を特定し対策を練ることすらできない。是非を考えている(論じている)状況にない。さらに敵が迫りつつある状況下、応戦するしかないわけです。
従って「是非に及ばず」は“やるしかない。応戦する。”と取るのが妥当ではないか。




ちなみに直江兼続が徳川家康の言いがかりに対して、
送った文章、直江状でも「是非に及ばず候」と言っています。
この意味は家康に対し「やるなら受けて立つ」という意味で言ってるそうです。



はて、どれが真実なのでしょう。

こうしてみると歴史って奥深いし、面白いですね~





8月12日と13日


仕事が残っていたため、高校野球を見ながら会社に引きこもる。。




8月14日


今日は34回目のteruの誕生日。
お盆時期のとんだ日に生まれたもんだ。


0時を過ぎたころからFacebookやメールなどでメッセージをもらう。
みなさん、覚えていてくれてありがとうございました!!



8月15日


毎年恒例の街の盆踊り。
今年は私達、商工会青年部では街を元気にするなんたらかんたら会と合同での開催となり、
今回は朝からビアガーデンや子供が楽しめるゲームなどを出店した。

夕方少しの雨で済むぐらいで天気にも恵まれ、よいお祭りとなったニコニコ


が、どっと疲れたダウン



8月16日


前日の祭りの片づけに朝から追われる。
午前中で終了し、帰宅し昼寝。。


夕方からは、JCのメンバーで納涼会と言われ、郡山市の温野菜というお店で久しぶりにしゃぶしゃぶってみた。


お店にいる知らん他のお客さんとか、もちろん一緒に行った先輩方にハッピーバースデーのお祝いしてもらった。
昨年もだったが、JCに入ってからこんなお祝いをしてもらっている。。
仲間ってすばらしい。
今回は日にちも経っていたので、まったく予想もしておらず。。
本当にありがとうの気持ちでいっぱいになった。



場所を移動し、次のお店へ。
おとから聞いたのだが、ホントはお店が休みだったがわざわざ開けてくれたらしい。


ここでもハッピーバースデーのお祝いをしてもらった。
プレゼントもたくさん頂きましたアップ


地元のお祭りで来れないはずの先輩も終わってからわざわざ駆けつけてくれた目



段取りしてくれた桑原さん、猪狩さん。
駆けつけてくれた今泉さん。
参加してくれた泰巳さん。
温野菜の鈴木社長をはじめとする従業員の皆様。
親愛なる里美。




本当に本当にありがとうございました。



こうしてteruの夏休みは感動のフィナーレとなりました。