是非に及ばず・・ | teruちゃん見聞記

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「偉大なもの」のために「良いもの」を諦めることを恐れてはいけない。

「是非に及ばず」



戦国武将として知られる織田信長が、


本能寺にて森蘭丸の「明智が者と見え申し候」に対して答えた言葉とされています。



この間、先輩方と熱く語っていたのを思い出しました。



ここ数年、戦国ブーム到来のteruとしては、

気になり、いろいろ調べてみましたが、

皆さんもご存じ、本能寺の変には多くの謎が隠されています。



この「是非に及ばず」という言葉の意味もいろいろな仮説があるんですね~



まず、普通に日本語の意味としては

「良し悪しを言っても意味がない(実力でいくしかないだろ)」

みたいな意味だそうです。

どんな想いで信長は言ったのでしょうか?



では、有力な説をいくつか。。



1.どうしようもないと諦めた。

信長の死生観を考えると、この時点で諦め、死を覚悟したのであれば弓や鎗を持たず、すぐに女性陣を逃がし、火を放ち、切腹したはずです。また数少ない情報だけで死を覚悟するはずがない。
だから「是非に及ばず」は“どうしようもない”といった諦めの言葉とはとれないのではないか。



2.この時、いろいろな情報が錯綜し蘭丸が言ったことに信ぴょう性がなかった。

蘭丸の「明智が者と見え申し侯」この言葉。明智光秀そのものを指すのか、または光秀配下の誰かを指すのか…。恐らく信長もこの言葉を確かな情報としてはとらえていなかった。首謀者が光秀であると断定していなかった。
従って「是非に及ばず」は三河物語で言われるような“光秀ならやむを得ない”といった意味合いにはとれないのではないか。



3.敵が迫り、もう議論する状況じゃなかった。

情報がほとんどなく首謀者を特定し対策を練ることすらできない。是非を考えている(論じている)状況にない。さらに敵が迫りつつある状況下、応戦するしかないわけです。
従って「是非に及ばず」は“やるしかない。応戦する。”と取るのが妥当ではないか。




ちなみに直江兼続が徳川家康の言いがかりに対して、
送った文章、直江状でも「是非に及ばず候」と言っています。
この意味は家康に対し「やるなら受けて立つ」という意味で言ってるそうです。



はて、どれが真実なのでしょう。

こうしてみると歴史って奥深いし、面白いですね~