Development Studiesから日本を見る。 -7ページ目

Development Studiesから日本を見る。

ロンドン大学SOAS(国際開発学)での一年間と、旅行記を綴る。

今回の冬休みは、国際ワークキャンプでモロッコの砂漠を旅&文化交流してきました。
ワークキャンプというのは、世界各国からの学生や若者が集まって、1、2週間から数ヶ月にわたり、現地に滞在し、現地のNGOや人々と共に、ボランティアや文化交流をするというもの。

日本からだとNICE(日本国際ワークキャンプセンター)
http://www.nice1.gr.jp/

CIEE(日本教育交換協議会)
http://www.cieej.or.jp/

が募集をしています。さまざまな国に友達ができ、異文化に対する理解を深めてくれる機会。比較的安い費用だし、なによりバックパッキング(旅行)とは違って、現地の人々と直接交流し、生活を共にすることができるので、おすすめです!

各国にこうした仲介団体があって、そこが現地のNGOに仲介をするという形式です。費用は仲介NGOに2-3万円を支払い、現地のNGOに1-3万円(宿泊費、食費含む)、それとは別に交通費というのが一般的なようです。

今回、私は
IVS (International Voluntary Service)
http://ivsgb.org/info/
という欧米の団体から申し込みをしました。


今回参加したのはモロッコのCVSという団体が主催する「New Year's Project 2010」という、文化交流イベント。
内容は、現地の特産物である陶芸の体験、モロッコについての議論、食、生活、自然についての体験、参加者がもちよっての各国のプレゼンテーションなど。今回は一般のワークキャンプに多いボランティアではなく、交流がメインでした。

場所はZagora(ザゴラ)という、モロッコの南東部、マラケシュからバスで山を越え、バスで8時間ほど言ったところにある、オアシスの街です。
http://maps.google.co.jp/maps?q=zagora&lr=lang_ja&oe=utf-8&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&client=firefox-a&um=1&ie=UTF-8&sa=N&hl=ja&tab=wl

Googlemapで見るとまさに砂漠の中。周囲には川が流れていて、そのおかげでヤシの木が生え、生活用水を得、小麦を栽培し、大きな街ができています。

Experience the World!-zagora
Zagoraの街 (手前にはヤシ林、川、奥が街)


参加者はヨーロッパ各国から15人ほど。スペイン、ポルトガル、フランス、イタリア、チェコ、フィンランドから来ていて、あとはアフリカ人(モロッコ人、といっても、モロッコはさまざまな人種が入り交じる背景があるため、肌の色も雰体型や雰囲気もさまざまです)。ということで、アジア人はなんと私一人!

というわけで、
アフリカ人、またヨーロッパ人(彼らの中で東アジアに来たことがある人は皆無。ただ2人が、インドを旅したことがあるというだけでした)からの日本に対するオリエンタルマインド(異文化だと思って必要以上に違いを強調したり、興味津々に聞いて来たり)にはあきあき・・。

たとえば、日本では朝ご飯に何を食べるの?そんなに沢山魚をたべるの?日本にチーズはある?サムライ、ハラキリ!などなど。文化交流という点で会話が弾むのは楽しいですが、ときには疲れてしまいます。異文化への理解が深いSOASの学生と違って、意外に一般のヨーロッパ人からは日本に対する誇張された典型的イメージがあるんだなと感じた一面でもありました。


合宿中には各国からのプレゼンテーションの機会も。みなそれぞれ、各国の地理、生活、食文化などについて紹介してくれました。インターネットが使えたので写真をダウンロードして来て使ったり、クイズをやったりとさまざま。日本については、四季と地理を紹介しながら、自然(桜、紅葉、雪など)、習慣(風呂など)、食文化について話しました。

Experience the World!-presentation Experience the World!-bread cooking

ワークキャンプの様子 (左:各国紹介プレゼンテーション 右:モロッコ風パン作り)


そこで、日本の食文化について考えていて気付き、紹介したのは、日本の食文化の西洋化について。上記の各国の人からの質問でたとえば、「日本では朝ご飯に何を食べるの?」と聞かれ、「えーっと、パンと、コーヒーと、卵と、牛乳と・・・同じ同じ!」なんてとりあえず応えた後、「そういうわけでもなくて、日本では西洋化してる部分と、和食とが混在してるんだ。だからたまには西洋と同じだし、たまにはご飯、魚、納豆、のりとみそ汁を食べるよ」なんて説明したりしていました。

すごく面白いと感じるのは、日本における「洋食」の存在。
例えば、お好み焼きは初め、「洋食風のおやつ」として始まったと聞いたことがありますが、今では日本食として海外にレストランがあったり。オムライスやハヤシライスは日本では「洋食」ですが、こちらではそんなこと聞いた事が無い!なんて言われてしまいます。

そういうわけで、日本の食文化といっても、伝統食ばかり紹介したら嘘になるし、でもファストフードなんか紹介しても意味がないし、、と思ったあげく、3つに分けで紹介する事にしました。

1つは、日本の伝統的和食。ご飯、魚、天ぷら、みそ汁、そば、うどんなど。
2つは、日本が西洋文化を吸収し、日本なりの洋食として仕立てた和洋折衷料理。オムライス、お好み焼き、すき焼き、牛丼などさまざま。
3つは、西洋食やファーストフード。


なかでも、ファーストフードと言えば、ピザ、サンドイッチ、ホットドックといったヨーロッパ人にとって、牛丼屋というのがマクドナルドのように沢山ある、と紹介すると驚いていました。


公用語は英語のはずですが・・
モロッコは旧フランス植民地のため、オーガナイザーはフランス語に流暢。また、EUからの参加者はフランス語か英語かのどちらか一つ以上は流暢な人がほとんど。かなりの場面でフランス語も使われました・・





アクティビティーとしては、車で1時間ほどいったところにあるTamgroutという街での、特産品の陶芸について学び、体験したことがメイン。これを通して、途上国で、工芸品をどういう人たちが、どういう思いで、どういう工程で作り、売っているのかについて理解が深まりました。
Tamgroutでは、数百人以上はいる人口のうち、たった5-7家族程度だけが、陶芸品づくりに従事しているとのこと。現地の人の話に依ると、彼らは「貧しいから始めた」のだそうで、おそらく現金収入を得るためになにが作れるかを考えたあげく、観光地化しているモロッコで陶芸をつくることを始めたのだと思います。


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Tamgroutの町並み(建物は木を土台に土を固めてつくられている)


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Tamgroutの工芸品 (左:モロッコ風蒸し料理に使うタジン 右:お皿)


周囲は砂漠の中でも川があり、オアシスのようになっている場所。そこに2-3mほどの穴を掘り、陶芸に使うための赤い土を集めます。それを捏ねて、干して、また捏ねて、だまを無くし・・・すべてが手作業です。
その後、手作りのターンテーブルのようなところに土を載せ、整形していきます。日本で想像するような、電動で動くテーブルは無く、穴のなかに人が入って、ターンテーブルを足で蹴りながら、手で形をつくっていくという作業。現地の職人の、なんと器用なこと・・・。体力もあって、短い時間に美しい工芸品を完成させていきます。
また、家族で技術を受け継いでいくようで、10歳くらいの少年も手伝っているのが印象的でした。


Experience the World!-pottery making Experience the World!-soil hole
左:陶芸をする現地の職人 右:陶芸用の粘土を採取する穴


最後に、それに着色し、手作りの土釜で焼きます。ここで、周囲に生えているヤシの木を切って使っているとの事。聞いた話では、ドイツのNGOが「緑化を止めよう!」という活動のために、以前ガスを用いた炉を支援として導入し、「木を切るのは良くない」という啓蒙活動をしたようです。しかし、この炉はしばらく使われた後、もとの木の炉に戻ってしまったとの事。
その理由がガスを買う費用なのか、新しい機械が使いにくいのかはわかりませんが、現地の人によると「新しい方法だと質が良くない」と職人達は考え、伝統的な方法を重んじる(保守的)なために新設備を放棄したとのことです。

Experience the World!-traditional fireplace Experience the World!-modern fireplace
陶器を焼くための炉 (左:今でも使われる手作りの炉 右:使われなくなった近代ガス炉)


ここZagora周辺では、数年前まで雨が極端に減り、川の水が減り、小麦が栽培できなくなり・・多くの人がこの地を去り、マラケシュやカサブランカなどの都市部に移住していったようです。近年、雨が戻り、街に人が戻って来たとの事。現地ではヤシの木の実を輸出しているため、木も貴重な収入源。また、砂漠が広がると雨も減ってしまう・・。

Experience the World!-palm
今では実り多い小麦畑と、貴重な収入源のヤシの木


砂漠化を止めるのは現地の人のため。しかし、だからといって貴重な現金収入源である陶芸を止めさせるわけにはいかない。かといって、自立を促さないガスや近代技術(メンテナンスができないし、ガスを購入しなければならない)に頼らせるわけにもいかない。

環境保全と開発のバランス、そして途上国支援
の難しさを感じた一面でした。
日付が変わって昨日で11月。時間が流れるのは本当に早い。
ロンドンに着いた頃、まったくもって全てが新しく、数日間は自分がヨーロッパに居る事の実感がもてないままだった。そして学校が始まり、寮生活が始まり、友達が出来、ソサイエティを見つけ、いつしか「日常」の生活が始まる。ロンドンに来た頃に比べて、時間の流れが確実に速くなっている。

留学期間は10か月だから、2ヶ月ということは、5分の1。そう考えていると、時の流れは格段に早くなってしまう。だから1日1日を生きるのが大事。

10月、正規授業と、ロンドン大学の学生に揉まれる寮生活が始まってからというと、意外と行けるな!と調子に乗っては、また打ちのめされ、凹んで、回復しての繰り替えしだった。International Studentsばかりの英語コースとは違い、本格的な授業、そして周囲には、イギリス生活の長い学生達や、イギリス連邦の国から来ている学生達。

今日もイギリス人の会話についていけなかった・・・

どうしてこんなに読むのが遅いのか。リーディングがどう考えても終わらない・・・

伝えたい事が伝えられない・・・

そんな、悔しさの連続。


そういうLanguage Barrierにも増して思うのは、知識の無さ。

SOASの学生は比較的、国際的な問題への理解や知識がある。

寮にいるロンドン大学の学生はというと、きちんとした教養を身につけている人が多い。

そんな環境に居ると、会話が弾む。

日本のことを説明したいけれど、きちんとした表現を知らない。感覚や現代社会からの演繹でしか話せない。

そして、開発学の授業。歴史、政治、経済、思想、その他もろもろ、すべての社会に関する包括的な議論。知識が足りない。


幸いにして、いくつか日本語の本を持って来ている。そして、ここに来て初めて、「日本」「仏教・神道」「アジア」といった、自らが育ったバックグランドについての知識の貴重さを感じる。教養の必要性を感じている。

いく晩か、日本の本や、日本の歴史や思想についてのインターネットサイトをむさぼり読んだ。

ここへ来て何をしているのだろう?

そんな疑問がよぎるが、知りたくて仕方ない。人に、説明したくて仕方ない。

個人的にしっかり本を読んでこなかった自分を大後悔しているが、その分他のこともしてきた。これも、必要なステップだったのだと思う。


さて、マイナスな事はおいておいて、2ヶ月で得た事を整理してみる。

8月は日中韓ビジネスコンテストに参加した。目的は英語力を上げる事と、プラン作成という実践を通してビジネスの本質的なアイデアを得る事だったが、財務分析、競争優位性など、ストレートなビジネス自体の厳しさを知る。同時に、公共的なセクターに携わりたいという自分の意思もはっきりする。

英語はというと、流暢な英語を話す中韓日本人をを沢山見て、アジア人の間での英語の有意性を知ったし、彼らを通して1年後になっていたい、ノンネイティブとして英語を話す目標ができる。

9月はSOASでのPre-sessional Englishコース。まず、エッセイを1つ書きあげ、Argumentativeとは何かを学ぶ。日本人が議論や学問(特にサイエンス)をするスタイルとは根本的な違いがあるように感じ、1年を通してこちらのスタイルを身につけたいと強く思う。Argumentativeであることの利点もわかってくる。

そして何よりも、数えきれない程の国の出身学生に出会った。ヨーロッパとアジア、ラテンとゲルマン、イタリア、フランス、ドイツ、北欧、メキシコ、インド、東南アジア、アフリカ、またハーフの学生・・・それぞれの違いや背景を学んだが、何より、沢山の国からの友達が出来たのは人生の宝だろう。そして、多様なバックグランドの学生との議論を通じて、SOASでDevelopment Studiesを学ぶ意義を多いに感じる。
生活はというと、自炊生活に慣れ、ロンドンが好きになる。バスを使っての国内・海外安旅なんかの方法も知る。

10月は正規授業が始まった。とったコースはSOASのDevelopment Studies(開発学、アジア・アフリカの比較開発経済、東アジア開発の問題)とKing's CollegeのEnvironemntal Studies(環境思想と政治)。チョイスは正しかったようで、ちょうど2つの開発学の基礎のクラスが広い視野と基礎知識を得る機会になり、東アジア開発の授業では日本のみならず周辺国の歴史や実状がわかり、環境学では自分の日本でのメジャーである環境資源工学との関わりが深められている。

全体を通して、いわゆる大学生活に慣れていく期間だったように感じる。いくつかのソサエティーに行く。環境保護、仏教、日本文化、クライミングなど。特に、日本会や日本語を学ぶ学生との交流を通して、日本の存在感の大きさに気づき、おそらく将来も続くであろう親日の友達が沢山できた。また、クライミングではフレンドリーで趣味を同じくするイギリス人との会話が楽しめる。仏教会ではさまざまな国の学生とともに宗教を語る、宗教観の比較をし、自分のオリジナリティーを見直す機会になる。環境保護ではキャンペーンやロビーイングなど日本とは異なる政治活動が目立ち、驚かされる。いくつかのディベートイベントにも顔を出した。イギリスは非常にリベラルな国なので、これらのNGOとも関わっていき、そのありように触れたいと思う。それぞれで何が楽しめ、何が学べ、どんな出会いがありそうかがわかってくる。

授業はというと、はじめの頃は意外と授業が簡単に感じがものの、それも背景知識がある場合のみであることに気付いた。途中からは歴史的、思想的な話が多くなり、またそれをステップにして授業が構成されてきて、難易度が上がって来たように感じる。前述のように、ともかく知識不足を感じた。

開発学がほんとうに包括的な概念を含む事がわかってきて、単なる「国際援助」の問題や「人道的」問題とは捉えなくなってきた。"The more I know, The more I less know"の言葉の通りであろう。環境学では、環境思想が政治的・政策的実施にどうつながってきているかがわかってきたし、開発学との関連を常に考える事で、「発展」「近代化」に根ざした問題としての環境問題について理解が深まってきているように思う。しかし、それもリーディングや課題を真剣にやった時にこそ得られるもの、アクティブな勉強をしなければ1年間なんて何も得られずにすぐに過ぎてしまうなとも気付いた。 なによりもこちらの学生はほんとうによく勉強する。院生はもちろん、学部生でも、土日もリーディングに費やしている人が居るほど。もっと勉強しなくては!!

その中で、いく度も「ディベート」スタイルのディスカッションを目にした(前述のArgumentativeに関連)。その長所として、ディベートを通して議論が深まる様子も見るが、意外にもあまり熟慮しない発言や一面的な発言が多い事も目にする。そして、理系がバックグランドの日本人として、熟慮型の日本の発言スタイルや、理系型の数値に裏付けられた主張の意義を多いに感じた。どうオリジナリティーを出していくかを真剣に考えていきたい。

そして、9月とは異なるのは、正規授業とインターカレッジの寮のおかげで、Internationalではなく沢山のイギリス人学生に会った。シャイなイギリス人が多いということも気付くが、同時にwitなイギリス人の会話のテンポを知る。いつしかその会話のテンポに着いていきたいと思う。一度はロンドンの食事、気候に嫌気がさすが、今になって来て、だんだん慣れてきたように思う。

11月はこれらの機会と「慣れ」を活かして、もっともっと飛び込んでいきたい!!
Development Studiesから日本を見る。
このブログのタイトルは、こちらに来て、開発学の勉強を少ししてみてから実感したものです。

開発学 Development Studies(日本では「国際開発」や「国際協力」という言い方が主流?)は、その名のとおり開発に関する学問です。そして、基本的にはいわゆる「発展途上国」や「第3世界」の問題をどう解決していくかということを議論します。

しかし、途上国のことを学ぶはずのこの開発学を通して、現代日本の成立の背景、いまの社会・経済問題、将来のビジョンなど、日本についての様々なことが見えてきます


まず、日本自体が過去に発展途上国であったという点です。

ご存知のとおり、日本は過去には世界最大のODA拠出国となり、現在でも世界有数の開発援助のドナー国となっています。しかしながら、この日本こそ、明治時代から戦後にかけての急速な発展を経験した、いわゆる「発展途上国」であった国です。

私が現在学んでいる授業の一つIssues in East Asian Developmentでは、「東アジアの奇跡」と呼ばれる急速な東アジア諸国の経済発展の歴史、要因から、そこで生じた様々な問題を学んでいるのですが、発展の経緯が
日本→韓国・台湾・香港・シンガポール→マレーシア・インドネシア・タイ
と進んで来たなかでの最初の国が日本であり、重要なケーススタディになっています。

こうした経緯を学んでいくうちに、現在にも共通する社会・政治の問題の原因がDevelopmentの過程そのものにあったことが見えてきます。例えば、日本の希有な急速な経済発展は、戦時中の植民地政策を通した周辺諸国との関係、通産省主導の産業政策に起源があり、それと関連して現在のアジア周辺諸国との国際関係、労働時間の長さの問題などが生じています。



また、開発学では様々な社会問題をどのように解決し、平和で繁栄した社会をつくっていくかということを議論しますが、そこで扱う様々な問題から現代日本を分析する事が出来ます

開発学では、経済、産業、労働、環境、農業、教育、女性、行政、NGOなど、国家や社会、生活に対するあらゆる要素を議論します。

ここで出てくる疑問はある視点から見ると、日本は発展途上国ではないか?
という疑問です。

例えば、ジェンダー差別の指数から日本を見てみると、大変な問題があることがわかります。
全GDPのうち、女性が生産した金額と男性が金額を、他の先進諸国を比べると、日本だけ女性によるGDPが著しく小さい。
2008年のジェンダーギャップ指数は世界で98位とのこと。(http://www.hurights.or.jp/system/news/200811/4.htmlによる)

あるいは、国民の幸福度を測ったGross National Happinessという指標では、日本は100位以下とのこと。(http://kwww3.koshigaya.bunkyo.ac.jp/wiki /index.php/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E7%B7%8F%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E9%87%8F)

ほかにも、自殺率の高さ、労働時間の長さ、政治的な活動の自由度など、問題点はさまざまにあります。

このように、開発学を通して発展途上国にとって本当に必要な要素とは何か?を議論していくうち、それを日本に適用してみると、これからの経済・社会問題を解決するうえでの重要なヒントをもたらしてくれます。



そして、開発は単なる経済成長の問題ではなく、どういう社会をつくっていくのかという包括的、根本的な問題を含んでおり、これが日本の将来を考える上での鍵になります。

「開発 Development」とは何か?
この定義をめぐっては、複雑な議論があります。

SOASの授業でも、これに1時間を費やしたほど。メジャーな議論では開発の定義に
・GDPを中心とする経済成長
・経済だけではなく社会構造の変化、精神面の変化をはじめとする社会全体の変化
・ベーシック・ニーズ(住居、衛生、教育など)を満たすこと
・援助機関と被援助国との間で起こる過程

などがあるようですが、基本的には
概念としては: 「理想」と考えられている社会に向かっての「進歩」
実質的には: 経済発展、社会開発をはじめとするいわゆる「近代化」

をさすというのが自分のなかでの理解です。

ここで「『理想』と考えられている」「進歩」と書いたのは、必ずしも「開発」が進んだ後の世界が良くなったとは言い切れないケースがあるためです。
例えば、経済成長を経験した後の中国ではむしろ格差が広がったり、幸福度が下がったりということがあるそうです。また、世界各地には必ずしも開発を望んでいない伝統的な生活をしている住民も存在します。

そしてこの「『理想』と考えられている」「進歩」が、現在の主流では経済発展、社会開発や、民主的な政治制度の構築などと捉えられているため、実質的には「開発」は上述の「近代化」にあたります。

そしてこの「近代化(modernization)」としての「開発」が、往々にして西洋諸国からの援助によって広まっていったため、「開発」=「西洋化」ではないかという議論も頻繁になされます。

このように、「開発」とは単なる経済発展の議論ではなく、包括的などのような社会をつくっていくのか?
という根本的な議論を含んでいます。

そして、日本に目を向けてみると、前述したような自殺率の高さや幸福度の低さ、また長く続いた経済の低迷、議論の続く日米、日アジア関係など、難しい問題が山積しています。

さらに、世界全体がGlobalization、あるいはWesternization(西洋化)していくなか、 この日本こそが、日本古来の文化と、中国をはじめとするアジアの文化、そしてアメリカをはじめとする西洋文化が入り交じり、また経済発展のなかで大きく「西洋化」の舵をきった国でもあります。

国内では急速に日本人の伝統文化離れが進む一方、世界で注目を浴びる日本の文化。
例えば、西洋とアジアのセンスを融合し、アジア諸国の先端を行く日本のファッションや音楽。
高度な物質社会のなかで成熟した、日本のポップカルチャー。

こうした文化的なポスト近代化も、精神の変化やライフスタイルの変化というダイナミックな変化をもたらす「開発」という歴史的な事実を抜きにしては語れません。

良く議論されるように、何となしに先行きの暗い雰囲気の漂う現代の日本。
次の社会のビジョンは何か?

そんな答えへのヒントが隠されているのが開発学でもあります。


海外で開発学を学ぶひとりとして、途上国についての学びを通して改めて日本という社会を見つめ直し、さまざまなヒントやビジョンを得る機会にしたいと思っています。

Development Studiesから日本を見る。
これがこの一年の私のサブテーマです。