ついに明日から、ウガンダでのインターンシップが始まる。
初のサブサハラアフリカ。
初の開発NGOの現場。
初の英語での長期の仕事。
この1ヶ月、1日あたり3£もするマラリア予防薬や、いつもより十倍も濃い虫除けスプレー、8種類にもわたる予防注射など、準備を進めるに連れて、サブサハラのシリアスさをひしひしと感じてきていた。
この予防接種も受けられない、
マラリア予防薬を買う事も出来ない、
人々が確かに生活しているのだということを。
そして、私が働くことになるKampalaのスラム街には、
ビクトリア湖地域の紛争や、貧困や、さまざまな背景を抱えた人が、
スラムという状況のなかで暮らしていることを。
そんな風に、同情の気持ちでばかりみていて良いのかもわからない。
彼らが、どれだけ苦しんでいるのだろうか。
それとも、他の途上国の国々のように、笑顔を見せてくれるのだろうか。
わからないことだらけで、
だからこそ、これは新しい、きっと後で私の血となり肉となる経験になるだろう。
今回のインターンは、ウガンダの首都Kampalaの、スラム街での支援活動。
マイクロファイナンス、ジョブトレーニング、チャイルドスポンサーシップのどれかを志望したので、これらの現場経験とオフィスワークの両方をすることになるだろう。
「能力に応じてどんどん責任のある仕事を任せていく」
と書いてあったので、
全ては自分次第。英語力も、現場で仕事に適応し、創造性をはっきしていく力も、コミュニケーション力も、現場だからこそ、すべてがパフォーマンスに影響する。全角度で、全力でいくしかないのだ。
応募時の書類を振返ってみると、
'give us a brief statement of purpose.'という質問に対する私の答えは、
-----
国際開発NGOのフロントラインについて、
・途上国で困難とともに暮らす人々のために、NGOに何が、どのようできるのかについての理解を得る。
・国際開発NGOで働くためのゼネラルスキル(チームワーク、オフィスワーク、フィールドリサーチ、インタビュー)および個別のプロジェクトノウハウ(マイクロファイナンス、スキルエンパワーメント、教育活動)を得る。
これらを達成するために、
・難しい問題に対して、知識とスキルを総動員し、学びのサイクルを続ける。
・新しい問題を発見し、存在するプロジェクトを能動的に向上する。
また、プリンシプルとして、
・人々のアシスタントであり、スターではないという方針を実践する:現地の人々の言葉を聞き、ニーズを知り、強要するのではなく、彼ら自身のプログレスを支援する。(これにより、国際開発NGOの深い意義と役割を理解する。)
・ドナーと被ドナーの両方のことを考え、つなぐ:現地の人々はもちろんだが、事業の継続性を保つためにドナーや一般社会(世論)についても考え、両方のニーズを満たす。
・オープンマインドと、探究心を持って仕事にあたる。
-----
以上。どれもアピールになるように書いたものだが、なかでも
・国際開発NGOが現地の人々のためにできることは、何で、どのような方法なのか:特に、スターではなく、人々のアシスタントとして何が出来るのか。
・ドナーや公共と、被支援者の関係性についての理解:ドナーいかんでどのようにプロジェクトが影響され、どのようなストラグルがあるのか。
・開発NGOのフロントラインという環境で、私自身に何が出来るのか、あるいは出来ないのか。また、将来そのような現場で働きたいのか。
これらの3つについて、答えをもって帰られるようにしたい。
これに一般的なことを加えると、
・世界でも最も貧しい地域である、サブサハラアフリカについての理解を深める。
・仕事の前線で使える英語とはどのようなものかを知り、その水準に少しでも追いつく。
これらの2つを実践したい。
到着次第、
新しい日々が始まる。
ひょっとしたら、留学よりもずっと刺激的な日々になるかもしれない。
いずれにせよ、全力で、
全力を出して、負ける事を恐れないように、
頑張って来たいと思う。
お前の本当に好きな事は何か?
これは自分への問い。
自己啓発やら就職活動の自己分析だとかいろいろあるけれど、こんな基本的な問いの重要性を感じている。なぜなら、そろそろ帰国後の進路のことを考え始める頃だから。
ほんとうに開発畑でのキャリアを目指すのか?
先輩方の話を聞くにつれ、正直言って、容易な道ではないと感じている。ポストが少ない上に、世界中を動き回らなければならず、不安定。危険と隣り合わせの場合もあるし、現地の人から必ずしも感謝されるかどうかはわからない。それならばもっと現地の人々に近づける職をと、政府や国際機関ではなくNGOを目指せば、待遇や安定性の面での不安がある。
いわゆる西洋から学ぶモダナイゼーション(近代化)一辺倒のやり方に疑問が出て来た現在、人間中心だとか、コミュニティーベースだとか、インタラクティブだとか、一方的な開発プログラムの押しつけではなく、現地の人といかに対話をして、教えるのではなく彼らの可能性を引き出し、サポートしていくことが要請されている。そうなれば、NGOや国際機関、政府機関のフロントラインの職員の負担はますます増すだろう。なぜなら、こちらのほうがadvancedなのだからと教える・援助する姿勢ではなく、いかに現地の人々のなかに入り込み、価値観にふれ、一緒に生活していくなかで何が彼らのためになるのかを考え、泥臭く活動していかなければならないからだ。その上、ドナー側(出資者)に対する成果の説明責任も伴う。
それ以上に感じるのは、果たして自分が、北側諸国が、どれだけ本当に南の人々のためになれるのかという疑問だ。文化も生活水準も全然違う国で、先進国の技術や制度をそのまま移転することはできない。適正技術という言葉が言われて久しいが、技術だけでなく、適正制度、適正価値観、適正組織などと、すべての事に言えるだろう。私の理解では、途上国と先進国の違いをただ進んでいる、遅れているとだけ捉えてしまっては駄目で、進退ではなく、違いとして捉えなければならないと考えている。ということは、単純に、先進国で成功したから技術を移転するという姿勢ではなく、現地の人々の目線で考え、共に学ぶ姿勢が求められる。
いずれにせよ、単なる学部生で数年間勉強したくらいの今の私が途上国の役にたてるとは思わない。これはおそらく来月のウガンダでのインターンで、今の自分で何が出来るのかを最大限考えて試行錯誤する事で答えもでてくるだろうか、まずは自分が役に立てる分野を磨いていくために、日本の大学、企業や機関などで鍛えてもらうことが必要だと感じている。
これは先日、英国で留学する日本人の交流会で伺ったとある方のお話なのだが、開発やNGO畑の人には、自分が何をしたいかという「欲」ではなく、社会や人々のために何をすべきかばかりを考えて、いわゆる倫理的に「良い」ことをとことん追っている人が多いのだという。進路を決めるにはやりたいこと、できること、やるべきことのバランスが必要だというが、このなかでも「やるべきこと」の比重が多いというのだ。
私も、社会がこうなったらいいのにという問題意識はとことんある。というか、問題意識ばかりを追ってここまで来たと行っても良いかもしれない。中学の時にであった人口問題、飢餓問題、食糧問題。その後、テーマにして来た環境問題、資源問題。渡英して学んでいる開発学。開発学を学んでいると、その課題が政治、経済から技術、生活、また価値観の問題まで、社会の全てに渡っていることに気付く。授業でも、歴史、経済、貿易、ジェンダー、環境、安全保障などさまざま。手法を限定していない中、貧困や格差問題をどう解決するかにフォーカスをあててあらゆる議論をしていく開発学(少なくともSOASの)は、問題志向型の学問だといえるだろう。
開発を志す人と話をしていると、誰しもがはじめの小さい問題意識をもつきっかけをもっていることがわかった。小さい頃に読んだ本、雑誌、テレビ、あるいは途上国に住んでいた、旅をした経験など。そういう小さなきっかけを人生のテーマに選ぶという事は、皆、かなりの割合で感受性が高かったり、博愛主義者が多いように思っている。なぜなら、実際に旅したことがある、友達がいるというのであれば別だが、ただ本で読んだ程度では遠い国の問題というのはなかなか大きな関心事になりにくいからだ。
そして、勉強するにつけ、あるいはNGOなどで活動するにつけ、はじめは小さい問題意識だったものが、その背景には複雑にからみあう歴史的な背景や、社会構造や、あらゆる問題が関連していることを知り、「やるべきこと」がどんどん増えていく。
そして、SOASでの数ヶ月を経て、あるいはイギリスの政治経済や環境の議論に触れ、「やるべきこと」への理解がかなり深まって来たのが今の私である。
「できること」は研究や社会人生活のなかで積ませて頂く予定である。また、お金も時間も限られている中、実現可能性のないことをずっと追い続けるつもりは無い。
ということは、最初の疑問、「お前の本当に好きな事は何か?」に戻るわけだ。
そこで、小さい頃の原体験を探ってみる。
自分は、何が好きだったんだろう?恥ずかしながら、ここに書いてしまおうと思う。
心に浮かんだのは
(1)経営・開発系のビデオゲームばかりやっていた。
(2)地図のある冒険物語が好きで、読み耽っていた。
(3)両親に連れられて、旅やキャンプに良く行っていた。
という事実である。
1は、何だよゲームかよ。と思うかもしれないが、私のような現在の大学生の世代は、いわゆるポップカルチャーやテレビゲームと共に育った世代である。今思うと無駄なことをしていたとも振返るが、遊ぶところも満足にない、また地域のつながりやイベントもあまり多くない、核家族化した東京のニュータウンに住んでいた私達にとって、そういう方向に娯楽が流れるのは仕方ないことであったのかもしれない。
そして、友人達がRPGやらアクション系のゲームを楽しむ中、私は経営・開発シミュレーションのゲームにあけくれていたことを思い出す。いわゆる「シム・シティ」のシリーズをどれもやった。街を開発する「シム・シティ」から、遊園地の経営「シム・パーク」、そして未開の島の開発をする「シム・アイランド」まで。また、鉃道会社、航空会社の経営ゲームなどもやっていた。友人からは何が面白いのかわからない、と言われながらも、我が道を行っていたというのがぴったりの表現だ。
そしてふと気付いたのだが、この「シム・アイランド」。今ではネットで検索しても出てこない程マイナーで古いものだが(おそらく1995年くらい)、今振返るとまったくの国際開発シミュレーションゲームだったのだ。どこで開発されたのだろう?おそらくアメリカではないかと思うが?
ミッションは島の人口を増やす、鉱山開発から自動車生産までを興す、リゾート地の開発で収入を上げる、などという様々な開発目標が与えられる。主人公はエージェントと呼ばれる数人の専門家が、ジーブに乗って、先住民の村から町までを動き回り、教育をしたり、投資をしたり、都市を発展させたり、空港を作ったりという活動をしていく。その専門家達も、確か、それぞれが得意分野を持っていて、例えば住民のエンパワーメントができる専門家や、インフラの設置ができる専門家がいて、それぞれを動かしていくものだったと記憶している。
そして2は、「ナルニア国ものがたり」「15少年漂流記」など、少年少女たちが冒険を繰り広げるストーリーが大好きだった。どちらもイギリスのものだったと思うが、世界中を旅して大英帝国を作り上げていったイギリス人たちの幼少期の原体験には、こういう冒険ストーリーがあったのではないかと推測する。
そして3は、はじめは自分からというわけではないのだが、親につられれるうちに、実際に現場を歩く事、旅をする事に自然と慣れ、好きになっていた。そして、今では英国留学中も休みを見つけると、自分から旅に出かけている。自然や風景が好きというのも一つだが、何より現地の風を感じ、ものを食べ、人と出会う事が好きになったのだ。
SOASで学ぶ友人と話していると、私と同じように旅好きが多いことに気付く。先日もキャリアセミナーで将来どういう仕事がしたいの?というグループワークがあったのだが、固定したところに居たくはない、世界中を動き回りたいという話で一致してしまった。開発畑には、そういう人が多いのかもしれない。
以上の話、ゲームで開発を志した?旅が好きだからという理由だけで?そんなのは不謹慎だ、と思われる方も居ると思うし、私もそう思う。だが、実際には、そういうわけではなくて、ゲームの記憶も、物語の記憶も、すっかり奥の方にしまわれていたのだが、中学の時に食糧問題という開発課題に出会い、それから私の開発への旅は始まったのである。ただ、今振返ると、そこで食糧問題に強く惹かれた理由のいくつかが、博愛主義の話に加えて、以上に挙げた原体験であったのだろうと思う。
原体験から推測すると、好きな事はこうなる。
・頭を使って戦略を立てて、実際に社会を良くする事(シミュレーションは実際ではないのだが。)
・自分の居る世界だけでなく、遠い国のことに思いを馳せる事(冒険物語は、想像にすぎないのだが。)
・頭を使うだけでなく、現場に何らかの形で関わる事
問題意識の深み、広がりがSOASに居て出て来た今、これからは自分のとことん好きな事をやって、役に立てる人材になっていきたいと考えている。そうしていれば、いつかそのスキルが、問題意識と結びついて、世界のとある国の現地の人々のお役に立てる日が来るのではないかと思っている。
これは自分への問い。
自己啓発やら就職活動の自己分析だとかいろいろあるけれど、こんな基本的な問いの重要性を感じている。なぜなら、そろそろ帰国後の進路のことを考え始める頃だから。
ほんとうに開発畑でのキャリアを目指すのか?
先輩方の話を聞くにつれ、正直言って、容易な道ではないと感じている。ポストが少ない上に、世界中を動き回らなければならず、不安定。危険と隣り合わせの場合もあるし、現地の人から必ずしも感謝されるかどうかはわからない。それならばもっと現地の人々に近づける職をと、政府や国際機関ではなくNGOを目指せば、待遇や安定性の面での不安がある。
いわゆる西洋から学ぶモダナイゼーション(近代化)一辺倒のやり方に疑問が出て来た現在、人間中心だとか、コミュニティーベースだとか、インタラクティブだとか、一方的な開発プログラムの押しつけではなく、現地の人といかに対話をして、教えるのではなく彼らの可能性を引き出し、サポートしていくことが要請されている。そうなれば、NGOや国際機関、政府機関のフロントラインの職員の負担はますます増すだろう。なぜなら、こちらのほうがadvancedなのだからと教える・援助する姿勢ではなく、いかに現地の人々のなかに入り込み、価値観にふれ、一緒に生活していくなかで何が彼らのためになるのかを考え、泥臭く活動していかなければならないからだ。その上、ドナー側(出資者)に対する成果の説明責任も伴う。
それ以上に感じるのは、果たして自分が、北側諸国が、どれだけ本当に南の人々のためになれるのかという疑問だ。文化も生活水準も全然違う国で、先進国の技術や制度をそのまま移転することはできない。適正技術という言葉が言われて久しいが、技術だけでなく、適正制度、適正価値観、適正組織などと、すべての事に言えるだろう。私の理解では、途上国と先進国の違いをただ進んでいる、遅れているとだけ捉えてしまっては駄目で、進退ではなく、違いとして捉えなければならないと考えている。ということは、単純に、先進国で成功したから技術を移転するという姿勢ではなく、現地の人々の目線で考え、共に学ぶ姿勢が求められる。
いずれにせよ、単なる学部生で数年間勉強したくらいの今の私が途上国の役にたてるとは思わない。これはおそらく来月のウガンダでのインターンで、今の自分で何が出来るのかを最大限考えて試行錯誤する事で答えもでてくるだろうか、まずは自分が役に立てる分野を磨いていくために、日本の大学、企業や機関などで鍛えてもらうことが必要だと感じている。
これは先日、英国で留学する日本人の交流会で伺ったとある方のお話なのだが、開発やNGO畑の人には、自分が何をしたいかという「欲」ではなく、社会や人々のために何をすべきかばかりを考えて、いわゆる倫理的に「良い」ことをとことん追っている人が多いのだという。進路を決めるにはやりたいこと、できること、やるべきことのバランスが必要だというが、このなかでも「やるべきこと」の比重が多いというのだ。
私も、社会がこうなったらいいのにという問題意識はとことんある。というか、問題意識ばかりを追ってここまで来たと行っても良いかもしれない。中学の時にであった人口問題、飢餓問題、食糧問題。その後、テーマにして来た環境問題、資源問題。渡英して学んでいる開発学。開発学を学んでいると、その課題が政治、経済から技術、生活、また価値観の問題まで、社会の全てに渡っていることに気付く。授業でも、歴史、経済、貿易、ジェンダー、環境、安全保障などさまざま。手法を限定していない中、貧困や格差問題をどう解決するかにフォーカスをあててあらゆる議論をしていく開発学(少なくともSOASの)は、問題志向型の学問だといえるだろう。
開発を志す人と話をしていると、誰しもがはじめの小さい問題意識をもつきっかけをもっていることがわかった。小さい頃に読んだ本、雑誌、テレビ、あるいは途上国に住んでいた、旅をした経験など。そういう小さなきっかけを人生のテーマに選ぶという事は、皆、かなりの割合で感受性が高かったり、博愛主義者が多いように思っている。なぜなら、実際に旅したことがある、友達がいるというのであれば別だが、ただ本で読んだ程度では遠い国の問題というのはなかなか大きな関心事になりにくいからだ。
そして、勉強するにつけ、あるいはNGOなどで活動するにつけ、はじめは小さい問題意識だったものが、その背景には複雑にからみあう歴史的な背景や、社会構造や、あらゆる問題が関連していることを知り、「やるべきこと」がどんどん増えていく。
そして、SOASでの数ヶ月を経て、あるいはイギリスの政治経済や環境の議論に触れ、「やるべきこと」への理解がかなり深まって来たのが今の私である。
「できること」は研究や社会人生活のなかで積ませて頂く予定である。また、お金も時間も限られている中、実現可能性のないことをずっと追い続けるつもりは無い。
ということは、最初の疑問、「お前の本当に好きな事は何か?」に戻るわけだ。
そこで、小さい頃の原体験を探ってみる。
自分は、何が好きだったんだろう?恥ずかしながら、ここに書いてしまおうと思う。
心に浮かんだのは
(1)経営・開発系のビデオゲームばかりやっていた。
(2)地図のある冒険物語が好きで、読み耽っていた。
(3)両親に連れられて、旅やキャンプに良く行っていた。
という事実である。
1は、何だよゲームかよ。と思うかもしれないが、私のような現在の大学生の世代は、いわゆるポップカルチャーやテレビゲームと共に育った世代である。今思うと無駄なことをしていたとも振返るが、遊ぶところも満足にない、また地域のつながりやイベントもあまり多くない、核家族化した東京のニュータウンに住んでいた私達にとって、そういう方向に娯楽が流れるのは仕方ないことであったのかもしれない。
そして、友人達がRPGやらアクション系のゲームを楽しむ中、私は経営・開発シミュレーションのゲームにあけくれていたことを思い出す。いわゆる「シム・シティ」のシリーズをどれもやった。街を開発する「シム・シティ」から、遊園地の経営「シム・パーク」、そして未開の島の開発をする「シム・アイランド」まで。また、鉃道会社、航空会社の経営ゲームなどもやっていた。友人からは何が面白いのかわからない、と言われながらも、我が道を行っていたというのがぴったりの表現だ。
そしてふと気付いたのだが、この「シム・アイランド」。今ではネットで検索しても出てこない程マイナーで古いものだが(おそらく1995年くらい)、今振返るとまったくの国際開発シミュレーションゲームだったのだ。どこで開発されたのだろう?おそらくアメリカではないかと思うが?
ミッションは島の人口を増やす、鉱山開発から自動車生産までを興す、リゾート地の開発で収入を上げる、などという様々な開発目標が与えられる。主人公はエージェントと呼ばれる数人の専門家が、ジーブに乗って、先住民の村から町までを動き回り、教育をしたり、投資をしたり、都市を発展させたり、空港を作ったりという活動をしていく。その専門家達も、確か、それぞれが得意分野を持っていて、例えば住民のエンパワーメントができる専門家や、インフラの設置ができる専門家がいて、それぞれを動かしていくものだったと記憶している。
そして2は、「ナルニア国ものがたり」「15少年漂流記」など、少年少女たちが冒険を繰り広げるストーリーが大好きだった。どちらもイギリスのものだったと思うが、世界中を旅して大英帝国を作り上げていったイギリス人たちの幼少期の原体験には、こういう冒険ストーリーがあったのではないかと推測する。
そして3は、はじめは自分からというわけではないのだが、親につられれるうちに、実際に現場を歩く事、旅をする事に自然と慣れ、好きになっていた。そして、今では英国留学中も休みを見つけると、自分から旅に出かけている。自然や風景が好きというのも一つだが、何より現地の風を感じ、ものを食べ、人と出会う事が好きになったのだ。
SOASで学ぶ友人と話していると、私と同じように旅好きが多いことに気付く。先日もキャリアセミナーで将来どういう仕事がしたいの?というグループワークがあったのだが、固定したところに居たくはない、世界中を動き回りたいという話で一致してしまった。開発畑には、そういう人が多いのかもしれない。
以上の話、ゲームで開発を志した?旅が好きだからという理由だけで?そんなのは不謹慎だ、と思われる方も居ると思うし、私もそう思う。だが、実際には、そういうわけではなくて、ゲームの記憶も、物語の記憶も、すっかり奥の方にしまわれていたのだが、中学の時に食糧問題という開発課題に出会い、それから私の開発への旅は始まったのである。ただ、今振返ると、そこで食糧問題に強く惹かれた理由のいくつかが、博愛主義の話に加えて、以上に挙げた原体験であったのだろうと思う。
原体験から推測すると、好きな事はこうなる。
・頭を使って戦略を立てて、実際に社会を良くする事(シミュレーションは実際ではないのだが。)
・自分の居る世界だけでなく、遠い国のことに思いを馳せる事(冒険物語は、想像にすぎないのだが。)
・頭を使うだけでなく、現場に何らかの形で関わる事
問題意識の深み、広がりがSOASに居て出て来た今、これからは自分のとことん好きな事をやって、役に立てる人材になっていきたいと考えている。そうしていれば、いつかそのスキルが、問題意識と結びついて、世界のとある国の現地の人々のお役に立てる日が来るのではないかと思っている。
イースター休み(日本での春休みが、こちらでは3月末から4月末)にアフリカの現地に行きたいと思い、インターンシップを探していたのですが・・・
先日、ウガンダで活動するNGOからオファーをもらい、4週間のインターンシップが決まりました!
SOASで行われた Internship and Volunteer Fairで会ったすごく小さなNGOなのですが、スラム街で活動している様子を聞き、これだ!と思って応募しました。
応募したのは、ウガンダの首都、カンパラのスラム街に近年発足したばかりのNGO。事業は、マイクロファイナンス、チャイルドスポンサー、子供・大人への英語・識字教育、収入を得るためのジョブ・トレーニングなど。なにか特別な得意な事業手法があるわけではないので、スラム街という地域をベースに、そこに住んでいる人々のためになる事業をいくつも展開しているようです。
だから、徹底的に人々、コミュニティにフォーカスした経験ができるのではないかと思っています。インターンはこれらの事業の手伝いからオフィスワークまで。シリアスな開発援助の現場はどんなところなのか?日本人である私にできることが果たしてあるのだろうか?フロントラインのNGOを体験できるまたとない機会なので楽しみです。
今回は、直接応募であるが故に、書類作成や手続きもとても面倒。
CV(履歴書)を書いて・・
応募書類には、インターンで得たい事、ライフヒストリーのまとめ(CVを文章化)、趣味など、軽いエッセイがいくつも。
応募しても、当然落ちる可能性は多分にあるので、1週間以上も返信が無かったときは不安になりました。いくつか同時に応募したほうが良いのかなぁ、とか。
一番難しかったのは、自己アピールの仕方。
ようは、英米式の就職活動です。
はじめにCVを書いて、SOASのキャリアサポートの添削に持っていくと、
「だめ、これじゃアピールが足りないわ!」
といって却下。
自分では、強めに書いたつもりなのに・・。
「このときはどんな仕事したの?同僚は何人いたの?そう、あなたはこれをしたのね?
はっきりやったことを自信をもって書きなさい!」
「スキルは何を得たの?
強調してスキルもどんどん書いちゃいなさい!」
などと、ガツガツつっこみが入ります。
日本での
「いやぁ、僕なんかはなにも出来ません・・。」
「成果なんて別に・・。」
という調子で、謙遜していたら、こっちでは全く聞いてもらえないそうです。
ああそう、あなた、スキルないのね。じゃあ来なくていいわ。という調子で。
日本の大学で、海外から来ている留学生用の掲示板に、「日本での就職活動の注意」ということが書かれていたのを思い出しました。
確か、「日本では、あれもできます、これもできます、という風に、自信たっぷりにアピールすることは良く思われませんので注意してください。」というような主旨。
まさに、この逆をこちらで感じているわけです。
最終的には、大学ではこれを学んだからこれが出来る、サークルではこれをやったからこれが出来る、アルバイトでは・・・と、とことん全ての経歴をアピールに使って、それを文章できれいにまとめて、「だから、あなたのNGOで私は役に立ちます。」と結論をまとめて完成。
その甲斐がありました。
いまは、ビザの取得、感染症の予防接種(イギリスは医療が基本的に無料なので、いくつかを除いて日本人である私にも無料でワクチンを打ってくれます・・・おかげで、左腕、右腕にと、何種も一度に・・・。)などをしています。
出発が楽しみ!
先日、ウガンダで活動するNGOからオファーをもらい、4週間のインターンシップが決まりました!
SOASで行われた Internship and Volunteer Fairで会ったすごく小さなNGOなのですが、スラム街で活動している様子を聞き、これだ!と思って応募しました。
応募したのは、ウガンダの首都、カンパラのスラム街に近年発足したばかりのNGO。事業は、マイクロファイナンス、チャイルドスポンサー、子供・大人への英語・識字教育、収入を得るためのジョブ・トレーニングなど。なにか特別な得意な事業手法があるわけではないので、スラム街という地域をベースに、そこに住んでいる人々のためになる事業をいくつも展開しているようです。
だから、徹底的に人々、コミュニティにフォーカスした経験ができるのではないかと思っています。インターンはこれらの事業の手伝いからオフィスワークまで。シリアスな開発援助の現場はどんなところなのか?日本人である私にできることが果たしてあるのだろうか?フロントラインのNGOを体験できるまたとない機会なので楽しみです。
今回は、直接応募であるが故に、書類作成や手続きもとても面倒。
CV(履歴書)を書いて・・
応募書類には、インターンで得たい事、ライフヒストリーのまとめ(CVを文章化)、趣味など、軽いエッセイがいくつも。
応募しても、当然落ちる可能性は多分にあるので、1週間以上も返信が無かったときは不安になりました。いくつか同時に応募したほうが良いのかなぁ、とか。
一番難しかったのは、自己アピールの仕方。
ようは、英米式の就職活動です。
はじめにCVを書いて、SOASのキャリアサポートの添削に持っていくと、
「だめ、これじゃアピールが足りないわ!」
といって却下。
自分では、強めに書いたつもりなのに・・。
「このときはどんな仕事したの?同僚は何人いたの?そう、あなたはこれをしたのね?
はっきりやったことを自信をもって書きなさい!」
「スキルは何を得たの?
強調してスキルもどんどん書いちゃいなさい!」
などと、ガツガツつっこみが入ります。
日本での
「いやぁ、僕なんかはなにも出来ません・・。」
「成果なんて別に・・。」
という調子で、謙遜していたら、こっちでは全く聞いてもらえないそうです。
ああそう、あなた、スキルないのね。じゃあ来なくていいわ。という調子で。
日本の大学で、海外から来ている留学生用の掲示板に、「日本での就職活動の注意」ということが書かれていたのを思い出しました。
確か、「日本では、あれもできます、これもできます、という風に、自信たっぷりにアピールすることは良く思われませんので注意してください。」というような主旨。
まさに、この逆をこちらで感じているわけです。
最終的には、大学ではこれを学んだからこれが出来る、サークルではこれをやったからこれが出来る、アルバイトでは・・・と、とことん全ての経歴をアピールに使って、それを文章できれいにまとめて、「だから、あなたのNGOで私は役に立ちます。」と結論をまとめて完成。
その甲斐がありました。
いまは、ビザの取得、感染症の予防接種(イギリスは医療が基本的に無料なので、いくつかを除いて日本人である私にも無料でワクチンを打ってくれます・・・おかげで、左腕、右腕にと、何種も一度に・・・。)などをしています。
出発が楽しみ!