日本の大学に対して感じる強烈な違和感 | 迫り来る危機・優秀な理系高校生はアメリカのSTEM系に強い大学に進学せよ!

迫り来る危機・優秀な理系高校生はアメリカのSTEM系に強い大学に進学せよ!

2030年、世界中で100年に一度の大変革が起きる!アメリカのSTEM分野の産学エコシステムが完備した大学に進学し自己防衛する必要あり!

日本の大学入試・大学教員の実態には、国際比較の視点から見ると、構造的な歪みが複数存在する。

① 高校との連携を自ら閉ざしている

日本の大学入試は、高校4年間の成績(GPA)を一切考慮しない。高校教師によるレコメンデーションレターも求めない。

アメリカの大学出願システムであるCommon Applicationでは、以下が標準的に必須とされている。

  • 高校カウンセラーによる評価レポート(School Report)
  • 教科担当教師による推薦状(Teacher Evaluation)最低1通、多くは2通
  • 高校の成績証明書(Transcript)および学校プロフィール

これは「4年間継続して生徒を見てきた教育の専門家の評価」を入試の正式な判断材料に組み込む設計思想である。一発試験の点数だけで合否を決める日本の設計とは、教育哲学の次元から異なる。

高校との連携を閉ざすことは、受験生の「人物・成長・知的好奇心」を評価する機会を大学自らが放棄することを意味する。

② 入試を極寒の季節に実施する

大学入学共通テストは毎年1月中旬に実施される。国公立大学の個別試験(二次試験)は2月末から3月初旬である。

日本の1月・2月は最も感染症リスクが高い季節であり、インフルエンザ・ノロウイルスの流行ピークと完全に重なる。体調不良による当日欠席・実力未発揮のリスクを、受験生は毎年構造的に負わされている。一方、アメリカの主要大学の出願締め切りは以下の通りである。

  • Early Decision / Early Action:11月1日〜11月15日
  • Regular Decision:1月1日〜1月15日

アメリカのシステムでは「試験当日」ではなく「出願書類の準備期間」に重心がある。SATやACTは体調の良い時期に複数回受験でき、最高スコアを提出できる(Superscore)。日本の入試設計は、受験生の体調管理リスクに対して無頓着である。

③ 国立と私立で入試システムが大きく異なる

国立大学受験者は以下の二段階を経る必要がある。

  1. 大学入学共通テスト(旧センター試験):1月
  2. 各大学の個別試験(二次試験):2〜3月

一方、私立大学の多くは独自の入試を実施し、共通テストを利用しない入試も設けている。この二重構造により、国立志望の受験生と私立志望の受験生は事実上「異なるゲーム」をプレイすることになる。準備すべき科目数・試験形式・対策方法が根本的に異なるため、受験生は早期に「どちらの世界で戦うか」を選択させられる。

 

アメリカではCommon Applicationという単一プラットフォームで、州立大学・私立大学を問わず横断的に出願できる。1,000校以上がCommon Appに参加しており、出願の非効率が大幅に削減されている。

④ 私立大学は高額な受験料を徴収している

文部科学省の調査によると、私立大学の受験料の平均は約35,000円である(2024年度)。医学部・薬学部系ではさらに高額になる場合がある。難関私立大学を複数受験する場合、受験料だけで10万円を超えることは珍しくない。これは受験産業の構造的な問題であり、経済的に余裕のない家庭の受験機会を実質的に制限する。

 

アメリカのCommon Applicationの出願料は大学ごとに設定されているが(多くは$50〜$90程度)、低所得世帯向けに出願料免除(Fee Waiver)制度が整備されている。また、Common Appの仕組み上、1つのエッセイセットを複数校に流用できるため、追加的な準備コストが抑制される。

⑤ 大学教員の学歴が低い

文部科学省「学校基本調査」のデータに基づく分析によると、日本の大学における教員のうち、博士号(Ph.D相当)を保有する者の割合は、大学全体(学部レベル)で40.8%に過ぎない。つまり、日本の大学で学部学生を教えている教員の約6割は、研究者としての最終訓練(Terminal Degree)を完了していない。

 

アメリカのR1研究大学(Research University, Very High Research Activity)では、教員の博士号保有率は事実上100%である。R1大学においてPh.Dなしで教員として採用されることは、制度的にほぼあり得ない。博士号とは何か。それは「独立した研究者として、新しい知識を世界に付け加える能力を証明した」資格である。学士・修士とは質的に異なる。Ph.Dを持たない教員が「研究とは何か」「知の最前線とは何か」を学部学生に伝えることには、構造的な限界がある。40.8%という数字は、日本の大学が「研究機関」として機能しているかどうかを根本から問い直させる数値である。

⑥ 誰も異議申し立てをしない

以上の問題点——高校との連携断絶、極寒期入試、国立・私立の二重構造、高額受験料、教員のTerminal Degree取得率の低さ——は、いずれも国際比較の視点から見れば明白な構造的欠陥である。にもかかわらず、高校生も、父兄も、高校の教員も、誰一人として異議申し立てをしない。なぜか。比較する基準を持っていないからである。日本の入試システムしか知らなければ、それが「当たり前」に見える。しかしアメリカの大学システムを確認すれば、日本の大学入試の歪みは一目瞭然である。