スケーリングモデルの人工知能に背を向ける大学 | 迫り来る危機・優秀な理系高校生はアメリカのSTEM系に強い大学に進学せよ!

迫り来る危機・優秀な理系高校生はアメリカのSTEM系に強い大学に進学せよ!

2030年、世界中で100年に一度の大変革が起きる!アメリカのSTEM分野の産学エコシステムが完備した大学に進学し自己防衛する必要あり!

はじめに:2030年代のAI研究者に問われること

2025年現在、AI業界の主流は「スケーリング」である。より大きなモデル、より多くのデータ、より巨大な計算資源。OpenAI、Google、Anthropicが数兆円を投じて競い合うこの方向性に、世界中の優秀な学生が吸い寄せられている。しかしスケーリングによって、人工知能は本当に「知性」を持つに至るのか?この問いに正面から答えようとする研究者が、世界に何人いるだろうか。
ChatGPTは流暢な文章を書く。画像認識モデルは人間の精度を超えた。しかしそれらのシステムは「考えている」のか。「理解している」のか。「感じている」のか。スケーリング論者はこれらの問いを意図的に脇に置いてきた。なぜなら、その問いに答えることは、現在の主流アーキテクチャの根本的な限界を認めることになるからだ。この記事では、その問いを正面から研究できる2つのアメリカの大学を紹介する。そして、同じキャンパスで対照的な二つの方向性が並立するUC San Diegoの実例を通じて、今日のAI研究の深刻な分裂を明らかにする。

第一節:「スケーリングの罠」とは何か(能力の向上≠知性の獲得)

スケーリングが「能力」を向上させることは疑いようがない。しかし「能力」と「知性」は同じものではない。哲学者のジョン・サールは1980年に「中国語の部屋」という思考実験を提示した。部屋の中の人間が中国語のルールブックに従って記号を操作し、完璧な中国語の返答を生成できたとしても、その人間は中国語を「理解」していない。スケーリングされたLLMは、この部屋の拡大版にすぎないのではないか、という問いは今も未解決のままだ。Meta AIのYann LeCunはより直接的に言う。「LLMに興味があるなら、人間レベルAIへの道は諦めろ」。LeCunが提唱するJEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)は、世界を「予測する」のではなく世界の「内部表現」を構築することで、真の意味での知性に近づこうとするアーキテクチャだ。スケーリング一辺倒のアメリカ主流研究に背を向けた、孤独な知的誠実性の産物である。

資本の慣性という問題

なぜアメリカのAI研究はスケーリングから抜け出せないのか。それは知的な問題ではなく、構造的な問題だ。OpenAIやGoogleは数兆円をスケーリングに投じた。「スケーリングが誤りだった」という結論は、株主への説明責任上、出すことができない。大学院生はスケーリング論文のほうがNeurIPSやICLRで通りやすく、就職に直結する。評価指標はLLMの強みに最適化されており、別のアーキテクチャは常に不利に見える。この構造の外に立つことが、2030年代以降に本質的なAI研究をするための条件になりつつある。

第二節:UC San Diego――同じキャンパスに走る断層

2025年秋、AI学部が正式開講
UC San Diego(UCSD)は2025年秋学期、コンピュータサイエンス・工学部(Jacobs School of Engineering)内にAI学部(B.S. in Artificial Intelligence、専攻コード:CS29)を正式に開講した。第一期生として200名以上が入学しており、2029年までに1,000名規模への拡大が計画されている。しかしこのCS29のカリキュラムを精査すると、その方向性はスケーリング路線の延長にある。必修選択科目には「Introduction to Generative AI」が明示されており、学部のニュースページには「Generative AI Summit」「LLMを用いた研究でのDARPA若手賞受賞」「生成AIが教育・研究に与える影響の探究」が最新トピックとして並ぶ。CS29は要するに、スケーリング時代のAIエンジニアを育てる工学プログラムだ。「知性とは何か」という問いは、カリキュラムの主軸にはない。この新学部は、産業界の需要に応えるという意味では誠実だ。しかし、本稿が問う「スケーリングを超えた知性の研究」とは、方向性が真逆と言わざるをえない。

CS29と対照的に存在するCognitive Science学部
UCSDが興味深いのは、この工学部のAI学部と全く異なる問いを立て続ける学部が、同じキャンパスに並立している点だ。UCSDの認知科学(Cognitive Science)学部は世界最強クラスの研究拠点として知られる。ここでは「人間がどのようにタスクを遂行するか」という問いを、「人間レベルのパフォーマンスを達成すること」と切り離して研究する。つまり、能力の模倣ではなく、知性の解明が目標だ。

カリキュラムの軸は四つのサブ領域である。
コンピュータ視覚:人間とAIはどのように視覚世界を「表現」するか
計算言語学:言語は思考の道具か、それとも思考そのものか
機械学習の認知科学的解釈:学習とは何か
知識表現と推論:概念はどのように生まれ、操作されるか
これらはまさに、LeCunのJEPAが挑もうとしている問いと深く接続している。表現の問題、グラウンディング(身体・環境との相互作用)、内部モデルの構築――スケーリング論者が回避し続けてきたすべての問いが、UCSDの認知科学学部のカリキュラムに内在している。

分裂が示すもの
一つのキャンパスに、スケーリング路線のAIエンジニアリング学部(CS29)と、スケーリングに根本的な問いを投げかける認知科学学部が並立している。この分裂は、UCSDだけの問題ではない。今日のAI研究全体の断層を、UCSDというキャンパスが縮図として映し出しているのだ。どちらを選ぶかは、あなたが「2030年代のAI研究者として何を問いたいか」によって決まる。

UCSDへの合格可能性
全体合格率:約28%
テスト方式:Test-blind(SAT/ACT完全不使用)
合格者の加重GPA:4.11〜4.28
推奨TOEFL:100点以上
出願の絶対条件:出願時点でCS29(AI専攻)またはCognitive Scienceを明示すること。入学後の専攻変更は認められない
SAT/ACTが一切考慮されない分、エッセイと課外活動が全てを決める。「知性とは何か」という問いを自分の言葉で論じたエッセイは、他の志願者との決定的な差別化になる。気候はラホヤの地中海性気候。年間を通じて20〜25℃前後で、アメリカで最も快適な大学環境の一つだ。

第三節:Indiana University Bloomington――知性研究の歴史的聖地(Hofstadterとチャーマーズが育てた知的土壌)

UCSDがキャンパスの内部に断層を抱えているとすれば、Indiana University Bloomington(IU)は最初からその断層の「正しい側」に立ってきた大学だ。『ゲーデル・エッシャー・バッハ』の著者Douglas Hofstadterが長年率いたCenter for Research on Concepts and Cognitionがここにある。「自己言及」「奇妙なループ」「意識の創発」という概念を通じて、知性の本質を問い続けた研究者だ。そして、現代の意識研究の最重要人物David Chalmersは、IUでHofstadterの指導のもと、「意識の理論に向けて」という博士論文を1993年に書いた。彼はここで「意識のHard Problem」という概念を練り上げた。

なぜ情報処理に主観的な体験が伴うのか
これがHard Problemである。LLMがどれほど流暢に会話しても、「それが何かを感じているかどうか」はスケーリングでは答えられない。IUはこの問いを、スケーリングが全盛となる以前から、哲学的思弁としてではなく実証的・計算論的に探究してきた。この知的系譜は、単なる歴史ではない。IUの認知科学プログラムのカリキュラムに今も息づいている。

学部プログラムの特徴
IUのCognitive Science専攻プログラムは、Freshmanから以下のテーマを正面から扱う。
計算と知性の関係:機械に知性は可能か、どのような条件のもとで
意識の神経生理的基盤:脳とクオリアの関係
人工知能とその含意:現在のAIシステムが「理解」しているとはどういうことか
言語と思考の関係:LLMは言語を「使っている」のか「処理している」のか
特筆すべきは、理論と実装の両方を扱う点だ。哲学的な問いを立て、それをコンピュータ科学的・神経科学的に検証する訓練を受けることができる。これはUCSDのCS29が提供しないものだ。

合格可能性
全体合格率:約78%
留学生合格率:約70.6%(留学生への門戸が広い)
テスト方式:Test-optional(SAT/ACT提出任意)
推奨TOEFL:iBT80台後半以上
推奨GPA:3.5以上(日本の進学校で成績上位)
州外・国際学生の合格率が州内学生より高い傾向があることも、日本人学生には追い風だ。
気候はインディアナ州中部の四季。夏は30℃前後、冬は−10℃前後と積雪がある。京都の気候感覚に近く、日本人学生にとって許容範囲の環境だ。



第四節:日本の大学ではこの問いを追えない
日本のAI研究は、アメリカのスケーリング論文を追いかけることに集中している。「知性とは何か」「意識は計算可能か」という問いを学部段階から正面に据えたカリキュラムは、日本の大学には存在しない。哲学と神経科学とコンピュータ科学が融合した認知科学という学際領域自体、日本では制度的に確立されていない。さらに問題なのは、2030年代にAI研究が最も必要とするのが、まさにこの「スケーリングで答えられない問い」への洞察だという点だ。スケーリングの罠に気づかずに育った研究者は、2030年代の本質的なブレークスルーに貢献できない可能性が高い。UCSDでさえ、キャンパスの中でスケーリング路線(CS29)と知性の解明(Cognitive Science)が分裂している。日本の大学には、その分裂すら存在しない。スケーリングしかないのだ。日本の高校生が今すべき選択は、スケーリングの波に乗ることではなく、その波の外側に立つ知的訓練を受けることだ。Indiana University BloomingtonとUC San DiegoのCognitive Science学部は、その訓練を受けられる、日本人学生にとって現実的な選択肢である。

おわりに
「知性とは何か」という問いは、人類が何千年も問い続けてきた問いだ。そしてAIの登場によって初めて、この問いは実験科学になった。意識を持つ機械を作れるか。それとも意識は生物学的基盤にしか宿れないのか。スケーリングはその問いに近づいているのか、それとも遠ざかっているのか。UC San Diegoのキャンパスには、今この分裂が可視化されている。片側にはスケーリング時代のエンジニアを育てるAI学部(CS29)が、もう片側には「知性とは何か」を問い続けるCognitive Science学部がある。どちらを選ぶかは、あなたが2030年代に何者でありたいかによって決まる。

この問いに正面から向き合う研究者が、2030年代のAIの方向性を決める。
あなたが目指すべき場所は、スケーリングの追従者が集まる大学ではなく、この問いを立てることを訓練してくれる大学だ。