「冨士講で感じることが出来る2つ」 | 「地球探検隊」中村隊長の公式ブログ【ビタミンT】
2015年09月10日(木)

「冨士講で感じることが出来る2つ」

テーマ:歩く旅シリーズ(国内)
   <今日>
   明日から必死に頑張ろうと思うより
   今日小さな一歩を踏み出せ!
         茶谷清志


南米ペルー・インカトレッキングやキリマンジャロ登頂の旅をしている
リピーター隊員ター坊今年<富士講>に挑んだ。
改めて振り返り、来年、いや以後続く方に
冨士講で感じることが出来る2つ紹介して私の感想と代えたいと思います。

それは「道」を感じること、「奇跡」に出会えることの2つです。

「道」を感じるとは言葉通りで、普段なら車で通りすぎる道を自分自身で歩くことは
それだけで一気に非日常にいざなってくれます。

僕らは1kmをだいたい13~14分で歩きました。
時速でいうと4kmちょっと。すなわち1時間で4kmちょっとしか進みませんでした。
おそらく街の中を歩くときはもっと速いし、車ならその距離は数分です。
そこを皆で一緒に歩く。

地図ならただの線にすぎませんが、その線をじっくり実感できます。
歩道はまだしも、おそらくもう誰も歩くことがない、草がボウボウの道であったり
そもそも車が通ること前提のため歩道がない道。

スリリングであると共に、そんな道をどんな風にそして誰と歩くかで
その線上で見える景色は全く違ってきます。
普通ならこんなツアー無理、いや無いです。
だって車がすれすれ通るところ歩くんだから(笑)

でもだからこそ、得られるものが大きいです。

特に今回は期せずして、帰路は全メンバーと車で来た道を
引き返しながら戻りました。
こんな道通ったっけ?とか、あっという間だねとか感想を語り合いましたが、
私が一番感じたのはカーブでした。

そこを車で差し掛かると遠心力で外に体が持って行かれます。当たり前だけど。

でも歩いているときはカーブ歩いても体持って行かれることもなく、
ふっと新たな景色が徐々に姿を見せます。当たり前だけど。

同じ道なのに、そこを通り過ぎるスピードでまるで違うものになります。

さしずめ人生においてもどんなスピードで歩むかで、
体が持って行かれそうなくらいきつくもなるし
変化を楽しめる余裕がでて穏やかに進めたりと、
そんなことを体感できる瞬間でした。

文字通りでも色んな意味を含めてでも「道」を感じられます。

そしてもう一つ。
「奇跡」に出会えること。

若干クサいけど(笑)、
お世話になった扶桑教の管長さんが我々と会話の中でこんな事を仰いました。

   「あることが起きたとしてそれを偶然(ハプニング)と捉えるか
   それとも奇跡(ミラクル)と捉えるか。
   だったら、奇跡と捉えた方が豊かになるじゃない」

すでに他のメンバーがこの仲間に会えて良かった。
前から知っていたような、まるで家族のような絆が生まれた。
離れがたかったし、次会うのが待ち遠しいと。

はたから見ると、
今回は参加者の男女バランスが良く、参加したメンバーの相性もたまたま良く
「偶然」集まっただけ。
冨士講が素晴らしいと言ってもそのメンバーだったからでしょと。

そうかもしれない。
自分も今回は素晴らしいメンバーに巡り会えて幸運だったし、
そこに自分なんかが居て良いのかな?と思ったくらい。

でもこれを「偶然」で片づけてしまうにはどうしてもいまいち納得できない。
参加した一人一人の思いが皆と共感して
この出会いを「奇跡」に変えたんじゃないかなと。
まさに「偶然」となるところを「奇跡」にしちゃったのかなと。

単なる見方の問題かもしれないが、管長の言葉がグッと心に残り
この出会いを「奇跡」とした方がよりしっくり来ました。

なので、来年、それ以降の方が参加する場合、
その出会いはきっと「奇跡」になるはずです。

いや、そう捉えて「奇跡」にしちゃってください。自分たちだけのために。
「奇跡」なんてそう簡単に目の当たりには出来るものではないですが、
冨士講で出会う仲間、そして
その道中を通して自分自身で体感してみてはいかがでしょうか?


またかけがいのない旅が一つ増えました。
隊長、ありがとう!

ター坊

ター坊が毎年のように参加し、ライフワークになっているのが、

今年も「植えたからには、刈る!」と、稲刈りにも参加する。感謝!

   「あることが起きたとしてそれを偶然(ハプニング)と捉えるか
   それとも奇跡(ミラクル)と捉えるか。
   だったら、奇跡と捉えた方が豊かになるじゃない」
   <富士講>の旅、同行  扶桑教 管長 宍野史生

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