「旅の始まりから、最高だった・・・」
ヒックスはこんな言い方をしていた。
「オートバイは個々で楽しむ乗り物だが、
結局は、一緒に走れる仲間が必要になるんだよ」
『ニッチ:新しい市場の生態系にどう適応するか』
ジェームズ・ハーキン(著) 東洋経済新報社
昨年の「内モンゴル騎馬遠征隊(アルシャーント牧場)」参加者の声をシェアしたい。
旅の始まりから、最高だった。
モンゴルに到着してすぐ見た、北京では見られなかった青空
移動のバスから見た虹、虹、虹!
広い大地の向こう、青い空にすうっと浮かぶ虹は
モンゴルが歓迎してくれてるって思えて、それだけで幸せになれたのに
何度も見つけてしまって、歓声に包まれる。
私の本当の旅はここからスタートしてる。
初日は「しんどい」が多い。
ろくに乗馬経験のない人間たちに、
なんの説明もないまま馬があてがわれていきなり50キロ。
帰国後、国道に東京-横浜30キロ未満の標識を見つけたとき、
呆気にとられた距離だ。恐るべしモンゴル。
スパルタ以外の何ものでもない習うより慣れろ方式で、きつい、辛い、痛い……
ひたすら我慢するだけなのか、という気持ちが半分以上を占めて、
これを毎日?という別の恐れに支配され始めた時……
それを変えてくれたのは馬飼いさんだった。
最初に少々暴れたせいか、手綱をずっと握ってくれていた彼が、
それをしっかり持ったまま走ってくれたあの時。
ふわっという感覚と、びっくりするほど気持ち良く走る馬に驚いて、
痛みは消え、知らず笑ってしまった。
私は馬に歩くという苦渋を強いていたのかもしれないと感じるほど、
馬は速かった。
こんな気持ちになれるなら、痛くたって、転げ落ちたって、
私は乗り続ける。そう思った。
そのせいだろうか。後日、走ってる馬から一度落ちかけたのに、
奇跡的に鞍に戻れたのは。
ともかく初日でこれを体感できたのは、最高に幸せだったと言える。
アラームが私を起こさなくても、毎朝、日の出前に起きて、朝日を待った。
仕事に行くときは、二度寝三度寝じゃすまないのに、毎日目覚めは快適だった。
周りを起こさないようにそっと起きれば、朝日に自然と皆が集まってくるから、
モンゴルの太陽(ナラ)はすごいなあと尊敬してしまう。
その太陽が、夢のように去った後。
満天の星空の下、はるか北の地上で、雷が落ちる
天の川が草原を渡って、流れ星が幾筋も馬の尾のようにたなびく
黄色いとろけるような月が、
ゆっくりと西の地平線に消えてくのを肩を寄せ合って眺める
夜のひと時だけでもこんなにたくさん。
素早らしい景色を仲間たちと共有できたのは、何のお陰だったのだろう。
モンゴルはまるで時空が違ったような気がしてる。
人間が人間らしく生活すること、純粋に人と人が向き合うこと。
何もかもがあっさりとむき出しにあって、いつも私の心を挑発した。
朝起きて、食事をし、馬に乗り、食事をし、合間に遊んだり、喋ったり、
そしてまた馬に乗る。
大したことは何もしてない。でも幸福と充足感に満ちた時間が、
確かに存在し、その短い生活の中でも、
びっくりするくらいダイレクトに強く、
そのことが私の中に飛びこんだのを思い出す。
そこでは、人生で身につけたはずのテクニックが重くて邪魔で
取り繕った自分がひどい嘘つきに思えたし、
お風呂にも入らない、お化粧もしない顔で笑ってるのが
1番本当の自分だったように思う。
だからこそ自然と素直な自分になっていたはずが、
その分、自分への後悔や、反省や、不満もいっぱい起きて、
揺さぶられてたのかもしれない。
そして、モンゴルの素直さに触れて、
テクニシャンな私ならうまくやり過ごせたことが
取り繕うのをやめた途端、まったく何もできなくて、動揺してばかりだったことも、
帰ってきた私をいまだ妙な気分にさせている。
こんな気持ち、わからなくて、泣きたくて、腹立たしくて。
それでもやっぱり、嬉しくて、楽しくて、幸せで、
私は、またモンゴルに、そこに帰りたいと願ってる。
どんなことも、死んでも忘れるもんか、と必死に自分に焼き付けて
たくさんたくさん思い出を詰め込むことだけは、この半月でやりきった。
やっぱり素晴らしい旅だった。
旅の思い出。
それは今、私自身となっていると信じたい。
ともっち
今年も世界一の朝日見て、モンゴルの風になる・・・
一緒に行こうよ。
大事なことはいつまで経っても大事
時を重ねても、自分の中に残ること、
それこそが勉強の成果であり、自分を形づくるすべてなのだ
『世界基準で夢をかなえる私の勉強法』 北川智子(著) 幻冬舎