「日本へのいたわり、そして称賛」 | 「地球探検隊」中村隊長の公式ブログ【ビタミンT】

「日本へのいたわり、そして称賛」

   逆境にある人は常に「もう少しだ」と思って進むがよい。
   いずれの日か、前途に光明を望むことを疑わない。                    
             新渡戸稲造

水曜定休日の今日も次々とメールが届く・・・
そんな中、「ビタミンT」に載せたいと思う、元気や勇気の出る言葉を紹介したい。

<ニューヨークタイムズより>

◆Sympathy for Japan, and Admiration

日本へのいたわり、そして称賛

痛ましい地震のその後、我々は日本の人々と思いを共にしている。
これは日本で記録された最悪の地震である。しかし、私が本紙の東京事務局長
として日本に住んでいた1995年の阪神大震災(6千人の犠牲者を出し、
30万人の人々が家を失った)において報道した経験を思い起こすと、
私はこう付け足さなくてはならない。

「今後数日、数週間の日本を見ていよう。私たちはきっと何かを学ぶだろう」。

日本の政府が特に地震をうまくコントロールしている、というのではない。
政府は1995年の震災においては救助活動の管理を完全に誤り、他国から送られて
きた薬や救助犬を取り上げて、その名を汚すこととなったのである。
気も狂わんばかりの最初の数日間、人々はまだ瓦礫の下で生きていたのであるが、
政府の無能によって不必要に死んだ人たちがいたのである。

しかし日本の人々自身の忍耐力、冷静さ、そして秩序は、実にみごとであった。
日本でよく使われる言葉に「我慢」というものがある。英語にはぴたりと
当てはまるような訳はないのだが、言うならば "toughing it out."(耐え抜く)と
同じような意味である。そしてこれが神戸の人々が実際に行ったことであった。
畏敬の念を抱くほどの、勇気と協調性、共通目的を持って。

日本の秩序と礼儀正しさに、私はしばしば感動していたが、神戸の震災後ほど、
それに感動したことはない。神戸空港のほぼ全体が破壊され、街中の商店のガラス
が割れていた。私は略奪や、救援物資をめぐる乱暴な押し合いへし合いなどの場面
を街中探し回った。ようやく、2人組の男に強盗に入られたという店主に出会い
満足したところで、いくぶん芝居がかったふうにこのように尋ねた。

「同じ日本人が、自然災害を利用して犯罪に走るということについて、
驚きはありますか?」店主は驚いたように「誰が日本人だと言ったのだ。
外国人だったよ」と答えたのである。

日本にも貧しい人々はいる。しかし他の国々と比べると、極端に貧しい人々は
ほとんどいないし、非常に高い共通の目的意識を持っている。中流階級が非常に
多く、実業界の成功者であっても、儲け過ぎていると思われることを伝統的に
恥じる傾向がある。そのような共通目的意識は、日本社会の構造の一部であり、
自然災害や危機の後では、特に顕著に表れるのである。

これについてはあまり良く言い過ぎてもいけない。日本の礼儀正しさの裏には、
学校や職場におけるいじめや、不法行為によって利益を得るやくざ、政治家と
実業家の癒着といった問題が存在する。しかし神戸の地震の直後、やくざまでもが
被災者に食料などを配るためにカウンターを設置していたのは、衝撃的であった。
そして日本の社会構造は決して壊れることはなかった。
かすり傷ひとつ負わなかったのである。

日本人のこういった冷静さは、日本語の中に組み込まれているといえる。
人々は「仕方がない」と言うのが常であり、他の人にかける言葉として
最も多いのが「頑張ってください」―耐え抜け、強くなれ―という言葉である。
そして自然災害は「運命」の一部と考えられている。16世紀の日本を訪れた
イエズス会の者による、古い記述を読んだのを思い出す。地震が村を破壊した
その数時間後には、農民たちは自分の家を建て直し始めたというのである。

忍耐強く、周りと協調して立ち直ろうとする精神は、日本人に深く根付いている。
私はしばらく長男を日本の学校に通わせたことがあるが、幼い子供たちが
真冬でさえ半ズボンで学校に行かされている光景を忘れることができない。
気骨をつくるというのがその考えであったようだが、単に風邪をひかせるだけだと
私は思っていた。しかしそれは「我慢」を徐々に教え込むためのまたひとつの努力
だったのである。

そして「我慢」こそが、日本が第二次世界大戦から立ち直り、バブル崩壊後の
「失われた10年」を耐え抜くことを可能にしたのである。いやむしろ、
日本人はもっと不平を言ったほうがいいのかもしれない。そうすればおそらく、
政治家はもっと答えてくれるだろう。

自然との関係性については、もうひとつの要素が関連している可能性がある。
アメリカ人は、自分たちを自然と対立した存在として考え、自然を飼いならそうと
する。対照的に日本人は、人間は自然の一部であり、それに身をまかせるものと
考える。そしてその自然は、たくさんの地震をもたらしてきた。

1923年の関東大震災は、10万人もの命を奪っている。日本語の「自然」という言葉
は、たった100年と少し前にできた新しい言葉である。なぜなら、そのような概念を
わざわざ表現する必要が、伝統的に無かったからである。神戸の震災の後の
本紙エッセイに、私が同じようなことについて書き、日本の最も偉大な俳人、
松尾芭蕉の句で締めくくっているものがある。

    「憂き節や竹の子となる人の果て」

日本の回復力と不屈の精神に、私は気高さや勇気を見出している。
そしてまもなく世界は、それを目の当たりにするだろう。これはまた、
綿密に編まれた日本の社会組織、その強さと回復力が、輝きを放つときでもある。
私は日本の人々は必ず力を合わせてくれると信じている。その姿は、
分裂と口論と私利私欲にまみれたアメリカの政治の現状とは対照的であると
言っていい。

私たちには、日本から学ぶことがある。私たちの思いは日本に向かっている。
痛ましいこの地震に深い同情と、そしてまた、心からの称賛を表したい。

By NICHOLAS KRISTOF
(訳:英語塾 田畑翔子)

原文:
「The New York Times」ホームページ


引用元:「烏丸学び舎英語塾ブログ」

この記事を読んで、
真冬でさえ半ズボンで学校に行っていた小学生時代を思い出した。
確かに「我慢強さ」を育てた原体験のような気がする・・・

これからは、東京とて経済的なダメージはあるだろう・・・
でも経済の流れを止めてはならない。すべては繋がっているからだ。

だから、我慢強く、不屈の精神で自分の仕事と役割をまっとうしたい。

   優れた能力を持った人たちをしても
   逡巡してしまうような困難なプロジェクトを、
   純粋な「思い」を持ち、強く実現を願い続けている
   人がためらいもなく進める。周囲はいかに難しいかを
   知っているので、「いまに失敗するだろう」と見ていると、
   意外なことに難なく成功させてしまう。


   「成功」と「失敗」の法則  稲盛和夫(著)致知出版社