中一時代の作文 「父の生まれた長崎」
人の喜びを自分の喜びにすると、
人生の喜びは無限になる
福島正伸
人生の喜びは無限になる
福島正伸
「断捨離」は面白い!いろいなお宝が部屋から出てくる・・・。
埼玉県川越市内の中学生の文集「かりがね」に入選して、
中一のときに何人かの生徒と一緒に学校を代表して載ったことがある。
「はじめに」にこんなことが書いてあった・・・
“文章を書くことは、自分の心を育てることである”
国語の先生に題名を褒めらたことを今でも覚えている・・・。
そのタイトルは「父の生まれた長崎」
「父の生まれた長崎」
長崎・・・そこは父の生れたところだ。こんな海のそばに生れた父が、うらやましい。
ぼくも、海のそばで生れれば、いま以上に、海に興味をもっていたかもしれない。
海のそばで生まれたかった。
父もぼくも、海が好きだ。海を見ていると、がっちりとした力強さを感じる。
しかし、このごろの海は公害で汚染されている。海の生物までがその影響をうけている。
さびしい気持ちになる、ところが、長崎の海は、さびしくはさせない。美しい海だ。
生物もたくさんいる。ぼくは、こんな海を、毎日、つかれるまで泳いだ。ヒザラガイなどもとった。
長崎の海は、前にも来たことがある。小学校の四年生のときである。
そのときのことは、いまでも忘れない。うれしくて、ぼくは、洋服を着たまま海に飛び込んでしまったのである。
そして一日たのしくすごした。
悔いのないほど泳いだ。その次の日からは台風になって、せっかくの旅行がめちゃめちゃになってしまった。
だから、今度の長崎は、前とちがって、なんともいえない喜びを感じた。
前に来たときとは、海に対する考え方までちがっているような気がした。
海だけではない。見るもの聞くもの、すべてが前とはちがっているように、ぼくには感じられた。
だから、毎日が夢のような生活だった。
長崎はお盆だった。お墓のまわりには「ちょうちん」がさげてある。
花火が打ちあげられた。遠くで見ていると、とてもきれいだった。長崎の人たちは、お墓をとても大切にする。
父の家のお墓も、百万円をかけて造った。三百万円もかけたというお墓もあるそうだ。
だから、お盆は盛大である。盆踊りもにぎやかだった。
踊りをする人の数は、しだいに多くなって、子どももおとなも、はずかしさを忘れて、
みんな大声をあげながら踊っている。ぼくも、それにつられて踊りたくなった。
はじめは、手のふりかたもわからなかったが、人のを見ながら踊っているうちに、だんだん覚えた。
みんなの輪の中にはいって、じょうずに踊れるようになった。
やっと覚えた踊りも、その日は盆踊り最後の日だったので、あっけなく感じた。
また踊りに来たいと思うが、今度行くときには、踊りも忘れているかもしれない。
長崎の家のおばあさんは八十二歳だ。顔色もいいし、元気そうだった。
おばあさんは食べると寝てしまう。ぼくには、おばあさんの言葉がよく聞きとれなかったが、
なんとなく、言いたいことはわかる。おばあさんはこつこつとためたお金を、ぼくと妹にくれた。
きっと、苦労してためたお金なのだろう。ぼくは、おばあさんに何もしてやれなかったけれど、
おばあさんは、ぼくたちが長崎に来たということだけで、とても満足しているようだった。
帰りに、おばあさんと、手と手を合わせた。そのとき、ぼくは、何か心が通じ合ったような気がした。
おばあさんは、眼にいっぱい涙をためていた。それを見て、みんな涙ぐんだ。
広く美しい長崎の海、長崎の盆踊り、この夏の思い出として、その喜びを忘れない。
また、父の生れた長崎へ行きたいと思う。
霞ヶ関中学 一年 中村 伸一
オヤジは、
「人生はすべていいほうに、いいほうに、向かっているんだよ」
と言うのが口ぐせです。
「人生はすべていいほうに、いいほうに、向かっているんだよ」
と言うのが口ぐせです。
「考えないヒント」
小山 薫堂、幻冬舎