「僕はずっと英語力のなさに劣等感を感じながら旅をしていた・・・」
前述の続き(3)
ツアー3日目、相変わらず、英語をうまく話せない僕だが、楽しむコツを覚えつつあった。
そして、その日は、
カンボジアの真ん中に位置する海のように馬鹿でかい湖「トレンサップ湖」にいた。
そこには、湖の上に高床の家や病院や学校やバスケコートまで全てがある。
しかし、水上の街だからといって、別にカッコイイものではない。水は茶色く濁っていて、
今にも崩れそうな大きな建物や船が漂流しているかのような…そんな雰囲気があった。
でも、そこに人々は住んでいた。僕ら多国籍ツアーのメンバー12人は、船に乗り込み、
この集落を見てまわった。そう、「見て」…。
そこに住んでいる人々は、満面の笑みで手を振ってくれる。
そんな光景を目の辺りにして、僕は、なんだか、急に胸を締め付けられる気持ちになった。
ただ【見られている彼ら】。そして、ただ【見ている僕ら】。
僕はここに何をしに来たのだろうか…。「世界のリアルを見て~」って飛び出してきた。
僕にとって、世界のリアルを見るということは、貧困層の現実を見ることなのか。
ここは、動物園じゃない。なのに、動物園に来たかのように、彼らの生活を写真に収める自分がいる。
ここは、ディズニーランドのアトラクションじゃない。
なのに、人々の生活の場をアトラクション気分でまわっている自分がいる。
そんな違和感と罪悪感に駆られ、僕らは船を降りた。降りるとすぐに、やっぱり、物売りに囲まれた。
勝手に撮られていた自分の写真がプリントされた皿を売りつけてくる商人を軽く払い除けながら、
観光が及ぼす文化変容やグローバリゼーションについて、珍しく真面目に考えさせられた。
【見る側】と【見られる側】…、この立場が僕には合わなかった。正直、苦しかった。
彼らは、いったい僕らのことをどう思っているのだろうか。僕は、いったい何なんだろう…。
その後もツアーは続き、
自分の中で様々な文化衝突があり、多くの葛藤や出来事があった。
英語力のなさに自信をなくす日もあれば、言葉はいらず、遺跡の上で風に吹かれ感傷に浸ったり、
ドラクエのように一列になってジャングルを探検したり、海で溺れかけたり、
現地の人に間違えられたり、バス移動中に無茶振りされて、
SMAPの「世界に一つだけの花」を歌わされたりと、本当に様々な経験をした。
中でも、最終日に2週間ずっと相部屋だったラスミスに言われた言葉が今でも忘れられない。
「正也は最初、全然英語ダメだったけど、だんだんうまくなっていったね。
2週間楽しかったよ。ありがとう」と。
僕は驚いた。なぜなら、英語が全然うまくなった気でいなかったからだ。
そう、正直言うと、この旅で、僕はずっと英語力のなさに劣等感を感じながら旅をしていた。
途中、吹っ切れて、楽しむコツを手にしたが、本当にしたいコミュニケーションは出来ない。
話しかけても伝わらない。聞かれても単語が分からない。
お得意のボディランゲージはある程度の意味は伝わるが、深い話はできない。
頭ではいろいろと考えているのに…。そんな日々だった。
だからか、このラスミスの一言は凄く胸に染みた。
嬉しさのあまりに思わずハグをしたくらいだ。
そして、「英語、絶対勉強して、今度はもっと話そうぜ」と約束をして、僕らは別れた。
こうして、僕の初海外の旅は終わったのである。
つづく