「外国人と旅をするとは、こういうことなのだ」
前述のつづき(2)!
翌日、2週間を一緒に過ごす仲間達と合流だ。英語で考えた自己紹介を繰り返してみる。うん、完璧。これなら大丈夫。
夕方4時、ホテルのロビーに集合。私以外は全員白人。年齢は10代から60代と幅広く、一人参加もカップルも家族もいた。7カ国総勢14人の多国籍な面々に覚えたての自己紹介を英語で言ってみる。おお、通じる!だけど、質問されても返答ができない。単語でしか会話ができない。みんなの会話のスピードについていけない。気がつくと、私は会話の輪からはずれていた。その日の夕食は、末席でうすら笑いしながらカレーを食べた。まったくもって味は覚えていない。でも、会話の輪に入れず悔しいと思った気持ちはよく覚えている。
翌朝バスに乗り込みチェンナイの町や郊外を散策。早速「外国人と旅をするとは、こういうことなのだ」と実感する事件が起きた。遺跡を散策中に女性1人が行方不明になってしまったのだ。すぐさま男性陣は走って探しにゆき、女性陣は木陰で待つことに。そして待つこと1時間。ふら~と1人で戻ってきた彼女はポツリと「あれ?なんでみんな怒った顔なの?」と。謝罪の一言もなかったことも驚きだが、男性だけが探しに行き、女性は木陰でのんびり待つことも驚きだった。もし日本人の団体なら「ガイドだけが探しに行くか、全員で探しに行くか」だと思う。そして、行方不明になった人は「謝罪する」のがごく普通の対応だと思う。でも一番驚いたのは、謝罪をしなかった彼女へみんなの前ではっきりと文句を言った女性がいたことだ。日本人ならきっとはっきりと文句は言わないと思う。せいぜい蔭で文句を言う程度だ。異文化の人たちが集まるって、こういうことなんだ。見た目や言葉が違うだけじゃない、何もかもが、私の知っている「あるべき姿」とは違うんだ・・・。
頭で「あるべき姿」ばかり考えて、いつも気持ちが凝り固まっていた私には、目から鱗が落ちる出来事だった。
小さな事件、気持ちの行き違いなんて、14人の人が一緒に同じ時間を過ごせば必ず起きることだと思う。なかでも「言葉の行き違い」が多かったように思う。私は日本語の環境であれば、考えていることを日本語で表現することや、喋ることは得意だと思う。人前で話すことも嫌ではない。だからこそ、「言葉の行き違い」で多くの失敗を侵し、多くの信用できる人を失ってきた。ひとつの言葉が、自分と他者にとって「同じ意味」を持つとは限らない。発した言葉によって、良い方向に変わることよりも、悪い方向へ変わってしまうことのほうが、私は多かった。
今回の多国籍ツアーでは、考えていること感じていることを人に伝えたい、言いたい!喋りたい!と思っているのにも関わらず、英語で思いを表現できるほどの会話力が無いがゆえに「会話の傍観者」だった。最初はそれが悔しくて仕方なかった。
でも、あるときにふと、気がついた。「輪の真ん中にいること」それが自分にとって心地よい位置ではなく「輪の外側でみんなを見ていること」実はこの位置が一番心地よいと感じるのだ。不思議と自分が言葉を発するよりも、聞いているほうが楽しい。会話が出来ないからこそ気づいた感覚だった。少ない言葉を発するだけでも充分コミュニケーションがとれるということ、更には、交わす言葉が少なければ少ないほど、お互いにシンプルな付き合いができるのかもしれないと気がついた。「言葉」に頼るから、気持ちが伝わらないことに、初めて気が付いた。
旅の間、「嬉しい」「楽しい」「嫌だ」という感情を言葉で言うだけでなく、オーバーと思えるほど顔や体で感情を表現していた。我ながら幼稚園児みたいだな・・・とおもうくらい体で喜怒哀楽を表現していた。(もう笑っちゃうくらい子供みたいだった!)だからなのか・・・最初は「英語もロクに喋れない厄介もの」扱いだった私が、旅の中盤あたりから「みんなに可愛がられるアホな日本人」になっていた。
日本での私は、何もできないくせにプライドの高さだけは一丁前、人より何かができない駄目な自分なんて許せなかった。厄介なことに器用貧乏な私は人より大抵のことは人よりも少し上手くできる人生だった。(逆に出来なさそうなことには手を出さなかったのだけど)。周りの人より何もかも上手くできないインドでの日々を過ごすうちに「あれ?頑張らなくてもいいのかも?人に頼ってもいいのかも?」と思うようになっていた。すると不思議なもので、あれほど恐ろしかったインドの風景や人が怖いものでなくなっていた。汚い湯飲みで飲む屋台のチャイも、露天で売っている得体の知れない食べ物も、平気で口にするようになっていた。ガチガチに固まっていた頭、肩の力、すべてが抜け、子供のようになっていた。
つづく