「再び執筆・・・加筆・修正」
「INGからI(愛)がなくなると、ただのNGだから。
ROLLING、GOING・・・・・・
大事なのは現在進行形であること」
写真家 操上和美 雑誌「ゴールデン ミニッツ」より
明日から最後の執筆の追い込み・・・加筆・修正に入るため自宅にこもる。2/6(水)までに赤入れのあった原稿を終わらせないと、4/10発売に間に合わないのだ。
なにをどうしなければならないかは、わかっている。隊員の体験談を入れたことで、編集すると300ページ以上になってしまった。大幅に削って、新たにオレの言葉で書き直さないといけない。一つ一つやるだけだ。時間と自分との闘いが始まる・・・。
3月に一緒にオーロラの旅
にいく隊員トモから、1冊目の感想が届いた。
トモです。
僕なりの意見を、率直に書かせていただきますね。
以前読んだC.W.二コルさんのエッセイにあったものですが、〝(英語で書くと主語は単に I だけど)日本語の場合は、私と僕、そして俺と書くのでは、それぞれまったくニュアンスが違ってくる〟みたいな言葉がありました。
隊長は御自身のブログでは「俺」ですよね。けれど、本になると「私」となっていました。これは隊長らしく人を大切にする心の表れなのかとも思ったのですが、僕としてはどうにも違和感があるんですよね。
”隊長は代表取締役「社長」ではなく『隊長』なのだから、あくまで『俺』を主語に言葉を綴ってほしい!〟というような思いが、ページをめくる僕の心の中にはありました。
言葉って、人を束縛するんですよね。
僕を主語にして文章を書くと、それはやはり僕的な文章になるし、私を主語にして書くとやはり私らしい文章になってしまう。隊長は、やはり『俺』という主語の方が、隊長自身一番馴染むのではないでしょうか?
この推測が的外れなものでないとすれば、僕はやはり、
”隊長には『俺』という主語で、思う存分、
いい本 +α カッコイイ本!〟を書いて頂きたいと思うわけです。
生意気な意見を綴ってしまって申し訳ありません。
決して悪気があるわけではないので、今度オフィスに遊びに行ったとき、殴んないでくださいね。(^^;)
トモ、ありがとう。
これを出版社に送ると、編集者も賛同してくれた。
「前作はデザインもスタンダードなビジネス書の作りになっていましたので、今回はそれとは違う、カッコイイ本にしましょう^^」
何でも思い込みはよくない・・・。前回はタイトルも装丁も、「私」という主語も、すべて出版社の意向で決められた。
次回は思い通りの本になりそうだ。主語は「俺」でいく・・・。
「どの職業でも、どの人でも同じだと思うけど、
食べるためだけにやる仕事はやがて苦痛になるわけで、
今よりも1ミリでもいいから向上したいと、技術的にも人間的にも、
そう思ったら、どんな仕事にも楽しみや喜びが
見出せる気がします。」
写真家 操上和美 雑誌「ゴールデン ミニッツ」より