「できる」と「わかる」1
算数でいえば、足し算が早くなることは基本的な能力開発なんだけど、「数の加減」も「十進法」もわかってなくても暗記でできるようになる。
学年を超えていて理解が追いついていないためにつまづきやすいのは「繰り上がり、繰り下がり」だと思う。
こういう子は文章題もけっこう苦手だったり。
国語の場合はもっと顕著で、言葉の意味を文章から推理して選ばせるとか、1回目で覚えず2回目で覚えず、3回目でも本文を読むのすら苦痛って子がいるのです。いつもいかにさらーっと読み流しているのかがはっきりわかる。
わかるのは後でいい、わからなくてもできるようになる、というのが
ものすごく大雑把にいえば公文の特徴でもある。
「できる」ことで確実にママは喜ぶ。
そう。
「できる」ことに喜びを感じている段階は、まだママのために勉強してるようなもんなんだよね。
だから行き詰まりやすいし、日ごろの勉強がそんなに楽しくない。
なんのために勉強するのか、文句としてぶつぶつ言ったりすることはあっても、それに答えて説明する大人の話は、自分のことのようにはなかなか理解できない・・・
する気がないのであんまり聞いてないw
これだと、がんばってても飛躍的に伸びるのは期待できない。
学年を超えた学習をしてる子たちが、もちろんそんな完璧に何もかもわかる必要はない。
でも「わかりたい」とか「わかるって快感」というのが全くなかったら、
ほんとうに勉強っておもしろくない。
自分のための勉強だなんて、よほど理性が発達しないうちは思えないはず。
算数でいえば、足し算が早くなることは基本的な能力開発なんだけど、「数の加減」も「十進法」もわかってなくても暗記でできるようになる。
学年を超えていて理解が追いついていないためにつまづきやすいのは「繰り上がり、繰り下がり」だと思う。
こういう子は文章題もけっこう苦手だったり。
国語の場合はもっと顕著で、言葉の意味を文章から推理して選ばせるとか、1回目で覚えず2回目で覚えず、3回目でも本文を読むのすら苦痛って子がいるのです。いつもいかにさらーっと読み流しているのかがはっきりわかる。
わかるのは後でいい、わからなくてもできるようになる、というのが
ものすごく大雑把にいえば公文の特徴でもある。
「できる」ことで確実にママは喜ぶ。
そう。
「できる」ことに喜びを感じている段階は、まだママのために勉強してるようなもんなんだよね。
だから行き詰まりやすいし、日ごろの勉強がそんなに楽しくない。
なんのために勉強するのか、文句としてぶつぶつ言ったりすることはあっても、それに答えて説明する大人の話は、自分のことのようにはなかなか理解できない・・・
する気がないのであんまり聞いてないw
これだと、がんばってても飛躍的に伸びるのは期待できない。
学年を超えた学習をしてる子たちが、もちろんそんな完璧に何もかもわかる必要はない。
でも「わかりたい」とか「わかるって快感」というのが全くなかったら、
ほんとうに勉強っておもしろくない。
自分のための勉強だなんて、よほど理性が発達しないうちは思えないはず。

