多分、1週間に10回は、スガシカオの「夕立ち」を聞いている。
この曲は、ブギーポップというラノベ原作のアニメのOPでもある。
なので、夕立ちを聞くたびに、テンションが上がる。
ブギーポップというのは、世界に自動的に立ち上がる何かのことだが、自動的でいるというところに私は惹かれたのだと思う。
ブギーポップは自動的なので誰の味方でもない。
社会が複雑になると自動的にならざるを得ないのだと思う。
誰かの味方になることは誰かの敵になるということであり、そういう世界を二分するだけの方法だけでは生きていけない世界に私たちは実際のところ生きている。
それを象徴的に示しているのがブギーポップなのだと思う。
自動的に現れた構造を的確に捉え、物語化する能力というのが作家には求められるのだろうなと思う。
で、もともとそういう話がしたかったわけではない。
ブギーポップと同年代のアニメにlainがあって、私はこっちも好きだ。
2作品とも薄暗い都市が舞台で、薄暗くとも薄汚れているわけではなく、無機質な感じ。
山手線に主人公の友達が飛び込んでも日常は続いていく感じ。
何故なら、元々友達ではなく知り合いだからだ。
そういう薄い人間関係を形成できる都市が私は好きなのだと思う。
都市として洗練されている。
感情の多様性が消失し、音がなくなり、静寂が広がっていく感じに安らぎを覚える。
それは死ではないのか?というと極めて死に近いのかもしれない。
20260312 3:16 一般公開