私は常々、何者かでいたくないなと思っている。
そんなことを昨日も思って、私は昨日は何者でもない私を過ごした。
こんな私だから、何者かにならなくて良いという宇野さんの話が好きなんだろうなと思った。
何者かになる事だけが救いだと信じている人達からは私という存在はイラつく対象になるらしく。
けれども、あらゆる宗教というのは、実は何者かになる事をやめることを推奨している。
何者かになりたいというのはある種の本能的な願望で、その願望を超越することが宗教的な修行に該当するのかもしれない。
何者かになれない人を救おうとしたら、宗教が強い社会を目指すのが一番手っ取り早いのかもしれないと思った。
20251205 18:40 一般公開
