再発・難治性のB細胞性CD19陽性急性リンパ性白血病や、再発・難治性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫に対しては、最近まで有効な治療法があまりなかったところですが、患者の方の血液から採取したT細胞に遺伝子改変を加えて再び体内に戻すことにより、この新しいT細胞ががん化した細胞のみと結合して徹底的に攻撃を加え、がん細胞の消滅へと導くCAR-T細胞療法が、日本で2019年に承認されました。また、2022年には多発性骨髄腫のCAR-T細胞療法も承認されるに至っています。もっとも、日本では、承認されてから年数がたっていないこともあって、CAR-T細胞療法の成果については必ずしも明らかではありませんが、少なくとも医学界ではCAR-T細胞療法が有するがん治療における潜在的能力を高く評価する意見があり(保仙直毅 「がん免疫update 2) CAR T細胞療法」日本内科学雑誌108巻3号148頁(2020)保仙直毅「造血器腫瘍に対するCAR-T細胞療法の現状と展望」日本内科学会雑誌111巻3号168頁(2022)保仙直毅「多発性骨髄腫に対するCAR-T細胞療法」日本造血・免疫細胞療法学会雑誌12巻4号208頁(2023))、アメリカや中国を中心に、上に挙げた血液がんに対してCAR-T療法が一定の成果を挙げてきたことが知られています(日本語のものとして、藤原弘「CAR-T療法開発 ; その最新の世界情勢」日本造血・免疫細胞療法学会雑誌11巻1号1頁(2022)参照)。実際に、アメリカの国立がんセンターの二人の医師のレビュー論文 Kathlyn M. Cappel & James N. Kochenderfer, Long-term outcomes following CAR T Therapy: What we know so far, Nature Reviews Clinical Oncology, 20, 359-371 (2023)の結論部分によれば、「CAR T療法は、その長期のデータからみて、全体として毒性の低い、強力な有効性を持った血液がんの患者に対する有効な治療の選択肢である。B細胞性リンパ腫の患者に対してCD19を標的とするCAR T療法を実施した後に観察されている高度に持続的な寛解状態は、この治療法が、化学療法抵抗性の血液がんの患者を治癒に相当する寛解へと導く潜在的能力を有することを証明している。」とされています。

 

 

 このCAR-T細胞療法について、私たちのような一般の人にもわかりやすいようにその仕組みを説明してくれる資料がないと思っていたのですが、それは自分の怠慢と調査不足によるものであり、一般向けのわかりやすい記事ないし資料が1年ほど前に出ていたので、まず、それらについてリンクをしたいと思います。

 

 NHK健康ch 血液がんの最新治療 CAR-T細胞療法とは?

 

 三重大学医学部附属病院で実施している 再発・難治性白血病/リンパ腫に対するCAR-T療法について

 

 

 それから、三重大学医学部附属病院の作成した資料3頁目のCAR-T療法の歴史のところに出ている、アメリカのEmilyさんの成功例について調べたところ、フィラデルフィア子ども病院が作成したサイトに、Emily Whiteheadさんの同病院への転院時(地元の病院からは、再発を繰り返しているため他に治療法がなく、静かに愛する家族と最後の日々を過ごして下さいと言われ、両親は諦め切れずにいました。)から、小児を対象としたCAR-T細胞療法による治験後10年を経過してもがんの再発はなく、元気に毎日を過ごしている姿を追った動画があることに気が付きました。この動画は病院の宣伝の部分もあるとは思いますが、一定の条件を満たした場合には、特に若い方に対する再発・難治性のB細胞性のリンパ系悪性腫瘍に対する有効な治療の選択肢であることを知ることができます。そこで、まず、この動画にリンクをしてみます。

 

 

 

 

 

  なお、2023年8月のGood Morning Americaで放送された動画からは、CAR-T 細胞療法後11年を経た現在でもがんの再発はなく、元気なEmilyさんの姿を見ることができます。Emilyさんは、ペンシルベニア大のカレッジ入学に向けて着々と勉強しているということです。

 

 

 

 

 

 

 

 追記1-あらちゃんさんから頂いたコメントに書かれているように、CAR-T細胞療法も万能の治療ではなく、多くの条件が揃って初めて効果を発揮することができるものであり、配慮が足らなかったことを深くお詫び申し上げます。あらちゃんさんのブログを読み直してみて、そのことを改めて感じました。

 

 追記2-専門の医師向けに書かれた論文で、難しいものですが、日本造血・免疫細胞療法学会雑誌12巻3号148頁(2023)に公表されている大西康「CAR-T 細胞療法の基礎知識」の中に、CAR-T細胞療法の有効性となお解決すべき問題点について以下のような記述があり、重要であるので、これを引用したいと思います。

 

CAR-T細胞療法の有効性

 前述のEmilyさんのように長期寛解を得る例がある一方で、CAR-T後に早期再発する例も少なくない。DLBCLに対するCD19 CAR-Tの代表的な3つの臨床試験における1年 overall survival (OS)は49~59%、1年 progression free survival (PFS)は44%である(Table 8)。再発の背景として、CAR-T細胞の増殖・生存・細胞障害活性の低下、微小環境での他の免疫細胞による抑制、がん細胞上の標的抗原の欠失などが検討されている。これらを解決するために多くの基礎的な取り組みが行われている一方で、現時点ではこれまでに報告されたCAR-Tの予後因子に基づき、より適切な適応判断を行う必要がある。(下線筆者)」

 

 追記3-現在、各地の大学病院等において、CAR-T細胞療法を最も適切に行うための医療のシステム化の取組(新井康之「CAR-T細胞療法の実運用における Dos and Don'ts~~チームCAR-Tでの取り組み~」日本造血・免疫細胞療法学会雑誌12巻1号29頁(2023))や、CAR-T細胞療法後の再発を防ぐための様々な研究や実臨床における工夫(後藤秀樹「CD19標的 CAR-T 細胞療法における再発・治療抵抗性のメカニズムと臨床的特徴」日本造血・免疫細胞療法学会雑誌12巻3号178頁(2023))が行われており、これらの取組みによって、CAR-T細胞療法が従来の治療では治療困難な血液がんに対する安全かつ有効な治療法として確立されることを強く望みます。

 

 追記4ー急性リンパ性白血病のうち、再発・難治性のT細胞性急性リンパ性白血病に対しては、T細胞を使えないことから、CAR-T細胞療法は使うことができないという限界があることも指摘する必要があります。また、再発・難治性の急性骨髄性白血病に対しては、海外では、NK細胞を遺伝子改変させて、がん細胞を攻撃させるCAR-NK細胞療法も試みられているようですが、未だ開発途上であり、現段階では一定の成果が出ているとは言い難いようです。このように、再発・難治性の急性白血病のすべてにCAR-T細胞療法又は類似の免疫細胞療法が効果があるわけではないことにも留意しなければなりません。