再発リスクが高く、予後が悪いFLT3遺伝子のITD変異がある急性骨髄性白血病(AML)に対しても、一般の急性骨髄性白血病と同様に、強力な化学療法が可能であれば、それによって寛解に持ち込み、3回の地固め療法を行って寛解状態を維持し、第一寛解期に早期に造血幹細胞移植を行うという従来型の治療方法が長い間行われてきたように思います。

 

 実は、私自身も、FLT3遺伝子のITD変異がある急性骨髄性白血病であり、骨髄繊維化で骨髄穿刺ができなかったために確定はできなかったものの、発症の経緯や年齢から骨髄異形成症候群由来の悪性の高いタイプであったと推定されたために、主治医のK先生は、いつ何があってもおかしくないことを最初にお話しされ、シニアレジデントのH先生も、「○○さんの場合、骨髄異形成症候群由来のAMLであるとして、その場合には、移植をしないと100人中100人とも2年以内に死んでしまいます。」と言われました。しかし、主治医である駒込病院のK先生の移植医及び血液内科医としての実力が非常に高かったことと、白血球のHLA型と赤血球のABO血液型まで一致した骨髄バンクのドナーの方が見つかったことから、幸いにも、上記の強力な化学療法によって第一寛解期にあった2017年3月に5時間かけて行われた造血幹細胞移植(主治医の先生が5時間立ちっぱなしで血圧を監視しつつ、少しずつ同じB型のドナーさんの骨髄液を輸注してくれ、その時に全身に力がみなぎってくるようで、治るかもしれないと考えたことをはっきりと覚えています。)が奏功し、移植から1か月ほどで早期に退院でき、移植から4年半を経過した現在でも原病の再発はなく、特段の治療を要するほどのGVHDや二次がんも発症せず、原因が特定できないアルツハイマー型の認知症になったこと以外、本当に元気に毎日を生きています。むしろ、今はかぜなどで熱を出すこともなく、かえって病気になる前よりも元気になったように感じています。もっとも、これは奇跡的ともいえる例外的ケースであるといえるかもしれません(移植病棟にいた年配の看護師さんからは、退院の際に「○○さん、奇跡ですよ。」と何度も言われ、その後のフォローアップ外来でも、「お元気ですね!」と言われます。)。むしろ、かつては、FLT3遺伝子のITD変異がある急性骨髄性白血病に対して移植療法が1回で成功することはほとんどなかったのが実情であったと思います。

 

 FLT3遺伝子のITD変異を有する急性骨髄性白血病に対しては、最近、FLT3遺伝子を標的に作用する分子標的薬を併用する治療を行うことにより、FLT3遺伝子のITD変異があるAMLでもかなりの程度治療できる場合が多くなり、徐々にその治療成績は向上しています(FLT遺伝子のITD変異を含む様々な遺伝子変異を持つ急性骨髄性白血病の予後と最近の治療については、医師向けですが、三谷絹子「急性骨髄性白血病の分子病態と分子標的療法、日本内科学雑誌107巻9号1648頁 (2018)を参照)。そのようなFLT3遺伝子の変異があるAMLに対する最新の治療を細かく分類整理し、アメリカのMDアンダーソンがんセンターが現在行っている治療の方法を示すとともに、将来の治療の方向を示唆した、テキサス州のMDアンダーソンがんセンター白血病部門の3先生(Naval G. DaverSangeetha VenugopalFarhad Ravandi-Kashani)の共著による論文が2021年に公表されました。そこで、今日は、まず、この新しい論文にリンクをし、まず、そのあらまし(アブストラクト)を仮訳してみようと思います。

 

 Naval Daver, Sangeetha Venugopal and Farhad Ravandi, FLT3 mutated acute myeloid leukemia: 2021 treatment algorism, (2021) Blood Cancer Journal 11:104

 

 「急性骨髄性白血病と新たに診断された患者の約30%が、FMS様チロシンキナーゼ3(FLT3)遺伝子に変異がある。AMLにおけるFLT3遺伝子のITD(内部縦列重複)変異が予後に悪影響を及ぼすことについては証拠からみて明らかであるが、FLT3遺伝子のTKD変異が予後に及ぼす影響については、推測にとどまっている。現行の治療ガイドラインは、AMLの診断時に直ちにFLT3の遺伝子変異がないか遺伝子検査をし、より深い寛解に到達するために早めに分子標的薬を併用する治療を行い、早期に造血幹細胞移植を考えることを勧告している。FLT3遺伝子の変異は、病気の進行のどの段階でも生じうる点については圧倒的な証拠があることから、診断時だけでなく、再発時にもFLT3遺伝子の変異がないか検査する必要があることが強調されている。複数のキナーゼの経路を絶つFLT3阻害薬のミドスタウリン(注-日本では未承認)が、新たに診断されたFLT3変異を有するAMLに承認されたこと、及び、より経路特定的で、より有効なFLT3阻害薬のギルテリチニブ(注-日本ではゾスパタが承認済)が、FLT3遺伝子の変異がある再発又は難治性AMLに対する単独治療薬として承認されたことから、FLT3遺伝子に変異のあるAML患者の成績は良くなってきた。しかし、それにもかかわらず、造血幹細胞移植をしなければ、再発・難治性のAMLに対してFLT3阻害薬単独で」の治療で寛解が得られる期間は短いために、ギルテリチニブによる治療に抵抗性が出た患者に対する治療の選択肢は限られている。そして、それぞれのFLT3阻害薬には一次的、二次的に抵抗性が生ずる様々なメカニズムがあり、そのためFLT3遺伝子に変異のあるAMLに対して複数の薬を併用する治療、ないし複数の薬を連続して使用する治療の開発と、これを実行に移すことが急務であり、解決すべき課題として残されている。」

 

 

 次に、世界のがん治療のメッカであり、日本からも多くの先生が研究や研修のために訪れているMDアンダーソンがんセンターにおいて、FLT3遺伝子に変異があるAMLに対して具体的にどのような形の治療が行われているのかは、多くの患者の方にとって関心があると思うので、医学的な誤りや日本語としておかしな部分があることをお断りしつつ、論文のその部分だけでも以下に仮訳してみました。

 

FLT3遺伝子の変異を有するAMLに対する治療のアルゴリズム

 初発の及び再発・難治性のFLT3遺伝子に変異があるAMLの場合、利用可能な治験があれば、それに登録するというオプションが、常に最初に与えられる。そして、どのような治療の骨組みが選ばれるかは、その患者が強力な化学療法に耐えることができるかによって決まる。FLT3遺伝子のITD変異を有する患者の場合には、アントラサイクリンの用量を多くするか又はクラドリビン(ロイスタチン)若しくはフルダラビン(フルダラ)を加えた寛解導入用骨組み(注-この寛解導入用骨組みとは、原注から、シタラビン(キロサイド)を7日連続して投与し、イダルビシン(イダマイシン)又はダウノルビシン(ダウノマイシン)を3日間投与する治療を指すと思われます。)に、第一世代又は第二世代のTKI阻害薬を併用する寛解導入療法によって、患者の治療成績が改善することが多くの証拠から明らかとなっている。MDアンダーソンがんセンターにおけるFLT3遺伝子に変異があるAMLに対する我々の治療アプローチは、以下のようなものである。まず、新たに診断されたFLT3遺伝子に変異があるAML患者であって、強力な化学療法を受けることができる者に対しては、我々のグループが前に公表しているように、シタラビン+イダルビシンにクラドリビン又はフルダラビンを加えた強力な寛解導入用骨組みに、第2世代のFLT3阻害薬を併用する治療を行う。上記の治療に更にベネトクラクスを加えた場合には、長期に非常に大きな骨髄抑制が生ずる可能性があるので、我々としては、FLT3遺伝子阻害薬を含めた上記の骨組みの治療に、通常、ベネトクラクスを加えることはないし、現時点ではベネトクラクスを加えることを勧めない。我々は、新たに診断された患者に対しては、第二世代のFLT3遺伝子阻害薬(理想的としてはギルテリチニブ)を好んで用いる。そして、FLT3阻害薬を寛解導入療法の1~14日の間連続使用し、地固め療法の時も続けて、その1日目にこの薬を2サイクル使用する。

 完全寛解の後に造血幹細胞移植を行うかどうかの決定は、造血幹細胞移植のリスクと利益を評価することによって行われる。中間リスク及び高リスクの患者(NPM1変異の有無に関係なくFLT3遺伝子のITD変異のアリル比が0.5を超える場合、又はFLT3遺伝子のITD変異のアリル比が0.5以下でも、NPM1変異を有しない場合をいう。)に対しては、第一寛解期に造血幹細胞移植に進んだほうがよい、とはっきりとした形で勧める。その場合、造血幹細胞移植後において少なくとも2年間FLT3阻害薬による維持療法を行う。もっとも、我々は長期に寛解状態が維持されることを示すデータがなければ、無期限にFLT3阻害薬による維持療法を行う。造血幹細胞移植後の維持療法として我々が選ぶ薬は、1日80~120mgのギルテリチニブ単剤か、又はこれに低用量アザシチジンを加えたものである。次に、FLT3遺伝子のITD変異のアリル比が0,5以下であって、NPM1変異を有し、かつ、DNMT3A、TP53又はRUNX1の遺伝子変異、不利な細胞遺伝子、治療関連性AML又は二次的AMLのような高リスクの特徴がない患者が高精度のPCR検査でも微小残存病変陰性を達成している場合(NPM1変異を有していれば理想的である。)、又はFLT3のTKD変異を有する患者に対して造血幹細胞移植が果たす役割については、現在も議論が続けられている領域である。我々は、これらの患者には、FLT3阻害薬を併用する、ガイドラインに基づく地固め療法を4~5サイクル行って、FLT3阻害薬+メチル化阻害薬又はFLT3阻害薬だけでの維持療法を2年間行うか、造血幹細胞移植を行うかを、ドナーの有無、患者の年齢、全身状態の良さ(performance status)、微小残存病変の陰性度、患者の希望を考えて決定する。

 

 強力な化学療法を行うのが適切でないFLT3遺伝子に変異がある患者の場合には、アザシチジン(ビダーザ)とベネトクラクス(ベネクラクスタ)を併用する治療が、55~70%の完全寛解又は血球回復不十分な完全寛解の率をもたらし、全生存期間の中央値も13.3か月に達した点で期待の持てる効果が得られたことから、全米総合がんセンターネットワークのAML治療ガイドラインでは、この併用治療のアプローチを採用している。しかし、この場合、FLT3遺伝子のTKD変異があるAML患者の全生存期間の中央値は19.2か月であったのに対し、FLT3遺伝子のITD変異があるAML患者の全生存期間の中央値は11.5か月に過ぎなかった。かかる結果は、治験前のデータ及び治療前と治療後の患者の検体の分子レベルのプロファイルからみてFLT3遺伝子のITD変異がベネトクラクスの治療に耐性を持つ作用があると推定されていることと整合しており、そのことは、患者の全生存期間を改善するためには、メチル化阻害薬+ベネトクラクスに加えて、FLT3阻害薬を併用する3薬併用のアプローチか、又はFLT3阻害薬をこれらに続けて使うアプローチが必要となる可能性があることを示している。それゆえ、強力化学療法を行うのが適切でない患者に対しては、MDアンダーソンがんセンターにおいて我々は、メチル化阻害薬とベネトクラクスを併用するアプローチよりも、メチル化阻害薬にベネトクラクスとFLT3阻害薬(ギルテリチニブ)を併用するアプローチを好んで用いている。この3薬併用アプローチを実施する際には、より長期に及ぶ汎血球減少を伴うことから、綿密なモニタリングとベネトクラクスによる治療の際の経験が必要となる。

 我々は、1サイクル目の1日目から、メチル化阻害薬と併せてFLT3阻害薬(理想としてはギルテリチニブ)を継続的に使用する。我々は、1マイクロリットル当たりの白血球数が10000を下回った時に、腫瘍崩壊症候群を避けるためにベネトクラクスを徐々に増やす方法で使用する。その際、3薬併用による長期の骨髄抑制を緩和し、過度の治療を避けるため、我々は1サイクル目の14日目に早期の骨髄検査を行ってその点の評価を行う。そして、14日目に骨髄内が寛解(芽球が5%未満)に達するか、又は骨髄無形成、低形成、又は形成の度合いが不十分な場合(骨髄内細胞濃度が5%未満)には、ベネトクラクスとFLT3阻害薬を中止する。一方、14日目に骨髄内の芽球が5%以上あり、骨髄内細胞濃度が5%以上の場合には、21日目までベネトクラクスとFLT3阻害薬を継続使用する。そして、28日目でも血球減少が継続している(好中球数が0.5K又は血小板数が50K以下の)患者については、28日目に骨髄検査を行って骨髄内が寛解しているか確認し、寛解が確認された時は、我々は血球を増やすために28日目から血球を増やす薬を用いる。2サイクル目以降においては、そのサイクルの間継続的にFLT3阻害薬は使用するが、長期にわたる血球減少が続くのを緩和するためにベネトクラクスの使用期間は14日間又はそれ以下に減らす。3薬併用のこの方法はまだ発展途上であるが、既に述べた3薬併用療法で現れているデータは、迅速かつ高度の有効性、深い分子レベルの寛解、期待の持てる生存期間が得られることを示唆している。もう一つの選択肢は、メチル化阻害薬にベネトクラクスを併用し、その次にメチル化阻害薬にFLT3阻害薬を併用する形のサイクルを続けていく方法が考えられる。このような交互に行う方法は、前向きの臨床試験の文脈で評価される必要がある。

 

 再発・難治性のFLT3遺伝子に変異があるAMLの患者の場合は、ほとんどどんなアプローチをとっても生存期間の中央値は10か月未満と結果は良くないため、大きな大学病院の治験に参加させる努力が繰返し行われる必要がある。治験という選択肢がない場合は、以下のようになる。まず、過去に寛解を維持していた期間が10~12か月以上あり、強力な化学療法を受けることができる患者については、迅速に可能な限り深い寛解を得て、患者を造血幹細胞移植へと持って行くために、FLAGとイダルビシン、CLAG-M、CLIA、MECという強力な化学治療を組み込んだ治療レジメンにFLT3阻害薬を併用する治療を行い、移植後には維持療法を行う。強力な化学療法を行うことができない高齢の患者や、FLT3遺伝子の変異が長く続く一次治療に抵抗性があるか、又は早期に再発した患者については、ギルテリチニブによる治療はどうかと提案する。ギルテリチニブは、ラベル上ではその単剤での使用が指示されているが、我々はギルテリチニブを単独で使用したことは一度もなく、常にメチル化阻害薬との併用か、ベネトクラクスとの併用か、メチル化阻害薬+ベネトクラクスとの3薬併用によってこれを使用してきた。このような併用療法は、ギルテリチニブ単独での治療よりも有効性を高めるように見えるのであり、そのようなアプローチを用いることに習熟している場合には、これを考慮してよいであろう。ギルテリチニブによる治療の間に再発する患者や治療後すぐに再発する患者については、アザシチジンとソラフェニブの併用、又はアザシチジンとベネトクラクス若しくはゲムツズマブの併用をベースとする救援療法を考えることができる。しかし、その場合は、利用可能な治験があるのであれば、それに参加することが最良の方法である。」

 

 

 

 なお、日本でも2018年に承認されて実際に使用されているゾスパタが強力な化学療法と併用することできわめて高い奏功率を達することについては、アメリカの治験に関する記事を訳した、がんプラスの記事ゾスパタと化学療法併用、急性骨髄性白血病に対して高い奏功率を示すなどで既に示されていたことでした。また、息子さんの急性骨髄性白血病の2度目の再発の時にFLT3のITD変異が発見されたものの、ゾスパタでの治療が奏功して寛解となり、ハプロ移植も無事成功していることが、リクママさんのブログ記事ゾスパタに出ています。