俺は、没落地主の家に生まれた所詮、プロレタリアートの出自である。

礼儀の一つとしてスーツの着こなしやシャツやネクタイの色使い、靴磨きなどには気を使うけれど、カフスとか刺繍などのこだわりはゼロ。

身につける品も、既製品や大量生産の品物ばかり。

ブランドとか、興味もなければ必要性も感じない。

プロレタリアートを地で行っている。やる気なしピスケ

 

今時、若い人は腕時計すらしない。
一応、僕は古臭い身だしなみかもしれないが、腕時計はつける。
もちろん、ブランドはまったく興味なし。
太陽光発電で電池交換不要。
世界対応の電波時計だから時刻合わせも不要。
実用的で便利だから、それでいいじゃん。
数百万の時計とか分不相応だし、そのお金を家族と使う方がいい。カナヘイハート

 

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こういう話題は価値観の問題だから、家の外ではあまり触れない話題。

仕事でも友人の集まりでも、いい時計をしている人はここそこに。

でも仕事や友人関係で共有する価値観ではないと思う。

一緒に暮らす人となると、そうはいかないけれどね。とびだすうさぎ2