Side D
「どおりで叔母さんとヌナが男と婚約させたわけだ!」
「僕も吃驚したよ。扉開けたらあの頃のままで立ってるんだもん」
一体なんの話をしてるのか全然わからず、おいてけぼりをくらう。
それに気づいたふたりはどこか寂しそうに微笑んだ。
「忘れてるのも無理ないよ。ずっと小さい頃のことだから」
「・・・はぁ」
「もしかしたら、ギョンスヒョ・・・さんを見たらジョンイナは婚約は解消しないかもね」
「え?!」
僕の反応は想定内らしく、ふたりは何の反応もなく僕を見るだけ。
「あなたが婚約を取り消すよう来たのはわかってる。けれど、僕らは部外者だから何も手伝えないんだ」
「力になれずすみません」
「御家族でもやはり駄目ですか?」
今の僕の発言には驚いたようでふたりで目を見開き顔を合わせる。
すると、今まで見てきたなかでとても残念だと顔に出して首を横に振る。
「ほんとに僕らのこと忘れちゃったんだね」
「無理もないよ。ギョンスさん。僕らはキム家の者でなく、ジョンイナの、あなたの婿となる人の友人です。僕はテミン。そしてこっちがセフンです」
「そう、なんですか」
さっきからふたりの反応が、僕を不愉快にさせる。
ふたりしてだれかと勘違いしてる。
だって、ふたりは僕の名前は知っていたようだけれど、僕を直接見るまで僕だとはわからなかった。
ふたりの言う小さい頃の僕とは違う名前の人と、僕を勘違いしてるだけだ。
それに、さらりと出てきた僕の、婿となる人の名前。
"ジョンイン"
昨日、ベッキョンとチャニョルが話してたキム家の三男のひとり。
その人が、婚約相手。
コンコン
「失礼。お話の途中お邪魔するね」
丁寧にノックしてパーマの短髪に眉尻が下がってるのが特徴的な男が入ってきた。
「あれ?キミもしかして・・・」
「はじめまして。僕はド・ギョンスといいます」
彼もまたふたりと同じ反応で、僕を見るなり驚いていた。
けれど、僕の挨拶を聞くとそんなこと無かったようににんまりと笑い軽くお辞儀をして挨拶をした。
「どうも、はじめまして。僕はジョンインのひとつ上の兄のジョンデといいます」
「ねぇ、ジョンデヒョン。彼は」
「ふたりも来てるなら言ってくれればいいのに。すぐにお茶を用意するからソファにでも座って待っててよ」
テミンさん(年上かもしれないし、初対面だからね)が昔の男の子の話をするのを遮り、無理矢理ソファに座らせるとジョンデさんは部屋から出て行ってしまった。
「何あれ?」
「さぁ?ヒョンも動揺してんじゃないの?」
「・・・もってことはセフンも動揺してたのかよ?」
「そりゃもちろん。今でも動揺してますよ。ただ、顔に出ないだけで」
「お前は顔に出なさすぎ」
コンコン
「こんにちは。あら、テミンくんにセフンくん!ふたりも来てくれたのね」
とても優しそうな女の人が入って来て、ふたりは同時に立って丁寧にお辞儀をした。
その後にジョンデさんも人数分のお茶のセットを持って入ってきた。
僕も遅れてゆっくり立ち、女の人と目が合いお辞儀をする。
「はじめまして。ド・ギョンスといいます」
「あら・・・こんにちは。ギョンスさん。私はジョンインの母です。よろしくお願いします」
とても透き通る声の人で、空気がふんわりとやわらかく、とても幸せそうに笑う人だった。
「なんだか騙すような形になってごめんなさいね。実は昔からあなたのご両親とお話していたことだったの」
「父を・・・母をご存知なのですか?」
「ええ。とくにお母様とは小さい頃からの仲良しだったの。ふふ、あの頃がとても懐かしいわ」
そう微笑む婚約相手の母親を前に、僕はどう答えればいいのかわからなくて何も言えなかった。
「叔母さん、ジョンイナは?」
「もうそろそろ来ると思うわ」
女の人がそう答えたと同時にガチャりと扉が開き、足が長く、黒い肌に黒い髪、そして鋭い目をしてこちらを見る男の人が入ってきた。
「遅いわよ。ほら、こちらに来てご挨拶してジョンイナ」
彼が、僕の婚約者。
ゆっくり近づく彼に、なぜか胸がざわざわと騒ぐ。
「ジョンイナ。彼があなたの婚約者のギョンスさんよ」
お義母さんの紹介の言葉に合わせてお辞儀をすると、彼もまたみんなと同じ反応で目を見開いて驚いていた。
けれど、他の人とは違ってどこかとても懐かしそうに泣きそうな顔していた。
「ディオ・・・?」
彼から出た名前は、僕ではない誰かで。
僕ではない誰かを見られる感じが、イヤで早くこの家から出たい気持ちでいっぱいだった。
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Side K
意を決して中に入ると、見物人が3人も居て、母親の前に座る小さな男がいた。
母親に紹介されてお辞儀をする男の顔を見た瞬間、今まで閉まってきた思い出が一気に溢れ出して、声を大にして泣きそうになった。
どうしてここにいるの?
いつ戻ってきたの?
今までどうしていたの?
聞きたいことがたくさんあって、知りたいことがたくさんあって。
焦る気持ちを必死に抑えていると
「はじめまして、ジョンインさん。僕はド・ギョンスといいます。今回は婚約の件に関して取り消していただくようお願いしに来ました」
冷静なキミの冷めた声で消えてしまった。
「ディオ?俺のこと覚えてない?」
「すみません。きっと人違いです。僕はディオではありません」
あの頃と変わらない大きくて可愛いくて意思の強い目は、あの頃とは違って冷たくて俺を拒絶していてなぜか寂しそうだ。
どうしてそんな目で見るの?
どうしてそんなに寂しそうなの?
どうして俺を拒むの?
「あら。それは残念だわ。もう婚約届けは役所の方で出してしまったわ」
「え?!」
何も答えられずにいると、横から母さんが助け船を出してくれて、その発言にディオは・・・ギョンス、さんは驚いていた。
「どういうことですか?!そんなこと聞いてません!」
「あら?手紙にはきちんとすべて書いて送りましたよ。ギョンスさんのご両親からも了承は得ていますし、ご本人にも伝えたと返事を聞きました」
そんな馬鹿な・・・そんな顔でギョンスさんは困り果てていた。
「・・・僕の両親にはいつ頃了承を得ていたのですか?」
「随分前からよ。そうね・・・生前のときに」
その時、一瞬ギョンスさんが悲しそうな顔をした、気がした。
「今は僕の保護者は祖父母となっており、僕は現在別居中のため祖父母からの手紙で今回のことをお聞きしたので、届けを出した話は聞いていません」
「それは私たちのせいではなく、あなた個人の話では?」
やんわりとした口調でもキツい母さんの一言に、ギョンスさんも答えられず黙ってしまった。
「そうね。一年だけでいいから、ジョンイナと過ごしてくれない?」
突然の母さんの意見に、ギョンスさんは戸惑うけど、この場にいる俺たちも戸惑った。
「母さん。何を言うんだよ」
「私事で申し訳ないんだけど、でも亡くなった友人の約束を破るわけにはいかないのよ」
「約束?」
「お互いの子どもを結婚させるという約束。もちろん、ただの私たちのわがままなのだけれど。どうか私とあなたのお母さんのわがままを1年だけでもいいの。聞いてほしいの。お願い」
あまり見たことのない真剣な母さんの表情に、俺とジョンデヒョン、セフンにテミンも何も言えず、ただギョンスさんを困らせるだけだった。
「・・・・・・母を引き合いに出されたら僕は従うしかありません」
「狡くてごめんなさい」
反省している声音だけれど、安心して笑う母さんはなんだか矛盾していて、ギョンスさんは納得していない様子だった。
すると、俺を見て「あなたはどうなんですか?」と聞いてきた。
「え?」
「これは僕だけでなくあなたのことでもあるんです。あなたはそれでいいんですか?」
「俺は・・・・・・」
ディオと同じ顔なのに、ディオにはされた事の無い顔で俺を見るギョンスに胸が痛む。
ねぇ、ほんとにディオじゃないの?
俺は
「あなたをもっと知りたいからかまわない」
ディオかどうか確かめたい。
俺の返事にこの部屋にいる全員が予想していなかったらしく、みんな驚いた後安堵していた。
ただひとり、
ギョンスさんを除いては。
「なら、この話はこれで決まりね」
満足そうな母さんの言葉で話は終わり、部屋を出ようとした母さんは何かを思い出したように足を止めて、俺たちに最後の爆弾を落として行った。
「そうそう、あなたたちはふたりの家で過ごすことになるから。荷物は使用人たちがすでに準備してくれてるわ。今日からさっそくふたりで過ごしてくださいな」
「「はい??」」
……To be continued