パターンをつくり出す仕組み
脳とはシナプスを結んで電気的信号と化学信号が混在した「曖昧さ」をベースにしたネットワークですが、その目的はシナプスが反応(発火)するパターンをつくり出すことです。発火のパターンにはA→B→Cという『物理時間的』な順番だけではなく、この時Aの近くのDというのも同時に発火し、D→E→Fという発火も起こったという並列的な処理、Aの流れとDの流れの脳内の位置に関わる『物理空間的』なパターンというのもあります。あえて“物理”と書いたのは、意識においては空間や時間は全て脳によって創られた幻だからです。
これにより、シナプスの数が記憶の数ではなく、どのようなパターンを繰り返したかというのが記憶の数になるのなら、人はほぼ無限に記憶できるということになります。でも、毎分毎秒全身からもの凄い数の情報が送られ、一日体験するだけでもほぼ無数の情報量になってしまうわけですから、情報を区別したり統合したり削除したりと『編集』しないといけません。例えば、シナプス自体にもこの編集の仕組みがあります。他のシナプスとの関連において、何度も繰り返し発火するのであれば、その結合を強化し、逆にほとんど発火しないのであれば、その結合を弱くするという編集です。繰り返し発火するのであれば重要で、ほとんど発火しないのは重要ではないという『区別』ができるわけです。発火しなくなれば結合を解きます。これが『削除』です。
さて、『統合』ですが、2つのシナプスだけでは説明ができません。物理時間的、物理空間的パターンが似ているかどうかを知ることができるのは、シナプス全体、脳全体の関係を考えないと分かりません。この発火のパターンが他の発火のパターンと似ているのかどうかということを知るには、“曖昧な全体像”がわからないと統合ができないと考えるからです。曖昧な全体像というのは『見本』みないなものを知るということです。例えば、椅子といってもいろんな形がありますが「背もたれが付いていて、足が四本あって…」という一般的な椅子のイメージを想像することができるようなものです。“一般的な椅子のイメージ”というのも何をもって一般的なのかを問わなくても、椅子を知っている人なら誰でも“あの”普通の椅子を思い浮かべることはできるでしょう。シンボルマークというのもこの応用でできています。トイレのマークで男性と女性が別れていますが、あんな変な形をしている人なんてどこにもいません。でも男性と女性を区別できます。“似ている”というのは全体的なパターンを通して感じられる非常に曖昧な、思い込みにも近い感覚です。「椅子のシンボルマークを作ってください」と言われて描けたら、様々な“椅子”という情報を統合できているということになります。統合というのは、物理時間的、物理空間的に似ている発火のパターンを知るということです。パターンのパターン化と表現することもできるでしょう。
このように、脳は『パターンをつくり出す仕組み』を持っていると表現することができると考えます。パターンというのは、キャラクターをつくっていきます。キャラクターというのは“性格”というものですが、「あの人はこんなキャラだから」と使うあのキャラクターのことです。次々と変化するようなものはキャラクターと言いません。ミッキーマウスが次の瞬間グーフィーになったら、ミッキーマウスというキャラクターは存在できません。ミッキーマウスがミッキーマウスであるには、ミッキーマウスという同じキャラクターを保つ必要があるわけです。成長していってもいいですが、ベースは同じでなければいけません。ミッキーマウスにはミッキーマウスというパターンがあるという表現もできます。キャラクターというのとパターンというのは同じものなのです。キャラクターというのは心理学的には個性だけではなく、役割であったり、元型であったりします。「人生のパターン」と言えば、その人がいつも繰り返してしまうパターンのことを言います。心理学では「この人にはどんなパターンがあるのだろうか?」と調べることがよくあります。ユングは無意識の中にみんなが共通してもっているパターンがあるとしています。ユングはそのパターンのことを『元型』と表現していました。物語に登場するキャラクターだけではなく、物語自身にもパターンがあるので、『物語』もパターンです。キャラクターという小さなパターンは物語という大きなパターンの中に含まれているのです。パターンの中にも、パターンの外にもパターンは続いています。全てパターンなのです。脳はパターンをつくり出す仕組みを持っているのでしかたありません。
私の専門の『色』についてですが、『色もパターン』です。赤が赤く感じるパターンを持っているということです。そのパターンに似た、感情的なパターンや、行動的なパターンも仲間に入ります。一つのパターンは複数の他のパターンと関係を持っています。赤は血→人体と関係を持っていますが、別に火→高い温度→激しい感情とも関係を持っています。こういうのを『連想』といいますが、連想というのは「似たようなパターンを感じ続ける」という行為のことです。この行為は脳のクセです。色はパターンであり、キャラクターであり、物語であり、元型なのです。これらの言葉は全てパターンを表しています。脳はパターンをつくり出す仕組みを持っているのでしかたありません。
これにより、シナプスの数が記憶の数ではなく、どのようなパターンを繰り返したかというのが記憶の数になるのなら、人はほぼ無限に記憶できるということになります。でも、毎分毎秒全身からもの凄い数の情報が送られ、一日体験するだけでもほぼ無数の情報量になってしまうわけですから、情報を区別したり統合したり削除したりと『編集』しないといけません。例えば、シナプス自体にもこの編集の仕組みがあります。他のシナプスとの関連において、何度も繰り返し発火するのであれば、その結合を強化し、逆にほとんど発火しないのであれば、その結合を弱くするという編集です。繰り返し発火するのであれば重要で、ほとんど発火しないのは重要ではないという『区別』ができるわけです。発火しなくなれば結合を解きます。これが『削除』です。
さて、『統合』ですが、2つのシナプスだけでは説明ができません。物理時間的、物理空間的パターンが似ているかどうかを知ることができるのは、シナプス全体、脳全体の関係を考えないと分かりません。この発火のパターンが他の発火のパターンと似ているのかどうかということを知るには、“曖昧な全体像”がわからないと統合ができないと考えるからです。曖昧な全体像というのは『見本』みないなものを知るということです。例えば、椅子といってもいろんな形がありますが「背もたれが付いていて、足が四本あって…」という一般的な椅子のイメージを想像することができるようなものです。“一般的な椅子のイメージ”というのも何をもって一般的なのかを問わなくても、椅子を知っている人なら誰でも“あの”普通の椅子を思い浮かべることはできるでしょう。シンボルマークというのもこの応用でできています。トイレのマークで男性と女性が別れていますが、あんな変な形をしている人なんてどこにもいません。でも男性と女性を区別できます。“似ている”というのは全体的なパターンを通して感じられる非常に曖昧な、思い込みにも近い感覚です。「椅子のシンボルマークを作ってください」と言われて描けたら、様々な“椅子”という情報を統合できているということになります。統合というのは、物理時間的、物理空間的に似ている発火のパターンを知るということです。パターンのパターン化と表現することもできるでしょう。
このように、脳は『パターンをつくり出す仕組み』を持っていると表現することができると考えます。パターンというのは、キャラクターをつくっていきます。キャラクターというのは“性格”というものですが、「あの人はこんなキャラだから」と使うあのキャラクターのことです。次々と変化するようなものはキャラクターと言いません。ミッキーマウスが次の瞬間グーフィーになったら、ミッキーマウスというキャラクターは存在できません。ミッキーマウスがミッキーマウスであるには、ミッキーマウスという同じキャラクターを保つ必要があるわけです。成長していってもいいですが、ベースは同じでなければいけません。ミッキーマウスにはミッキーマウスというパターンがあるという表現もできます。キャラクターというのとパターンというのは同じものなのです。キャラクターというのは心理学的には個性だけではなく、役割であったり、元型であったりします。「人生のパターン」と言えば、その人がいつも繰り返してしまうパターンのことを言います。心理学では「この人にはどんなパターンがあるのだろうか?」と調べることがよくあります。ユングは無意識の中にみんなが共通してもっているパターンがあるとしています。ユングはそのパターンのことを『元型』と表現していました。物語に登場するキャラクターだけではなく、物語自身にもパターンがあるので、『物語』もパターンです。キャラクターという小さなパターンは物語という大きなパターンの中に含まれているのです。パターンの中にも、パターンの外にもパターンは続いています。全てパターンなのです。脳はパターンをつくり出す仕組みを持っているのでしかたありません。
私の専門の『色』についてですが、『色もパターン』です。赤が赤く感じるパターンを持っているということです。そのパターンに似た、感情的なパターンや、行動的なパターンも仲間に入ります。一つのパターンは複数の他のパターンと関係を持っています。赤は血→人体と関係を持っていますが、別に火→高い温度→激しい感情とも関係を持っています。こういうのを『連想』といいますが、連想というのは「似たようなパターンを感じ続ける」という行為のことです。この行為は脳のクセです。色はパターンであり、キャラクターであり、物語であり、元型なのです。これらの言葉は全てパターンを表しています。脳はパターンをつくり出す仕組みを持っているのでしかたありません。