私は自己啓発大好きなんですが、

コンフォートゾーンを抜けよう、といった

ありがちな自己啓発はあんまり好きではありません。

 

はいはい、コンフォートゾーンね、

と言って冷めた目で見てしまいます。

 

 

そもそもコンフォートゾーンて何よ、と。

 

米国ミシシッピ大学ビジネススクール教授のノエル・M・ティシー氏

が提唱されたようなのですが、いろいろ調べたけど本当なのかな…?

 

ちなみに、

ヤーキーズ・ドットソン の法則が

ベースなのではないかと思われます。

学習するためには適度な刺激が必要だという理論。

 

 

コンフォートゾーンの話に戻りますが、

人間の成長の過程で、

以下のゾーンを行き来すると言われています。

 

コンフォートゾーン:(居心地のいい現状維持)

ラーニングゾーン(ストレッチゾーン):(とにかくチャレンジ)

パニックゾーン:(ストレスかかりまくり)

の3つのゾーンがあるのですが、

 

図を見てみるとほとんどの図が

パニックゾーンの中に

コンフォートゾーン、

ラーニングゾーンの

2つが入っているんですよね。

 

常にパニックゾーンに支配されているのか??

 

これは図として正しいのかなぁ、

と疑問に思いませんか。

って今見えないから知らんよねw

 

★図を追加してみた。

パニックゾーン

ラーニングゾーン

コンフォートゾーン

 

 

さっき上記に貼り付けたリンクは

ほかとは違っていたので、

引用してみました。

 

 

 

★個人的にはこんな風に重なってるのかなと思いました。

パニックゾーン

ラーニングゾーン

コンフォートゾーン

 

 

 

 

 

さて、

上記にあげた3つのゾーンは

全部行き来しないと成長しないのでしょうか??

仮にそうだとすると、

やや危険な思想になってしまいます。

 

ほら!ストレス感じてないから感じる環境に行け!

といってあっという間に

ブラック会社から抜けられなくなります。

 

自己啓発とか、

人材育成のメソッドとかって

わりとブラックな人がいいように使い始めるんですよね。

 

借金背負わされヒイヒイ言いながら働かされるとか

 

私ができたからお前もやれ!とか

 

できるまでやる!

とか押し付けられてしまうんです。

 

 

人間も

ヤーキーズ・ドットソンの法則の実験のマウスと同じで

動物ではあるので、ストレスという刺激も大事かもしれません。

 

ただ、

それでなくてもいいんじゃないか?

 

コンフォートゾーンを抜けたことを喜ぶのは

他人のものさしなんじゃないのかな?

 

抜けたとか抜けないとかどうでもよくて、

自分という存在を

ただ褒めてあげられるようになれるといいと思う。